■PRIZONER 〜サンジ



喉の乾きをおぼえてナミはキッチンへ向かう。

あんな、水の夢見たのにね―
自嘲的な気分でキッチンの扉を開ける。・・・と薄暗がりの中には、ほのかな煙草の香りとその持ち主が居た。
扉に背を向けて、テーブルに浅く腰掛け、紫煙をくゆらせている。
そこには、夢では去っていってしまった男が居た。

何か、今は顔を合わせたくない―

キィィ....
そんなナミの気持ちとは逆に、船を揺らす波が自然に扉を開けた。
微かなその音にサンジは振り向き、ナミを見て相好を崩す。

「ナミさんっvvv どうしたんです?こんな夜中に、ってごめん、こんな格好で」
一度寝て起きてきたらしく、ズボンははいてるが、上はシャツを肩にかけただけの半裸の状態だった。
いいわよ...私はちよっとお水もらいにね...サンジ君は?」
努めてナミは平静を装う。
サンジは傍らのグラスをひょいと持ち上げてみせた。
「一つ仕込み忘れたのがあってね、ついでに寝酒も頂戴しようかと..」
そうして、また軽い笑顔を見せた。
「でも、ナミさんが現れるなんてラッキーだなぁ、何か運命感じません?」


さっきは、私に気づきもしなかったくせに―
上機嫌なサンジに対して理不尽な怒りがわきあがる。
「べ・つ・に...喉乾いただけだもの」
ナミの声に冷たさを感じ、不審を感じながらもサンジは声をかける。
「眠れないなら、寝酒でも作ってさしあげますよ」


サンジ君は気を使って言ってくれてる...分かるわ、分かるけど―

「眠りたくなんて...」
湧き上がる激情をナミは止めることができなかった。
「眠りたくなんてないわ!!」


サンジは一瞬驚いた顔を見せたが、腰を上げるとナミの方へ歩いてくる。その顔からは表情が消えていた。


怒らせた・・・?―
俯くナミの耳に水音がし、コップが差し出される。
「ごめんな、ナミさん。何か気に障ったんだろ」
サンジは少し寂しそうに微笑むと、コップ渡そうとナミの手をとる。

「――!! ナミさん、どうしたんだよ。こんなに手ぇ冷たくして...」
ふと、触れたナミの手の冷たさに驚いて、コップをテーブルに置くと、ナミの両手を自分の手で包む。

汗かいたまま、出てきたから...こんなに冷えてたなんて―
サンジの手のぬくもりに、張り詰めていた怒りが溶け出していく。
「ごめん...苛ついて...サンジ君は何も悪くないのに..」


やだ、涙出そう―
涙を堪えるべく、ナミがあさっての方を向いていると、サンジはナミの両手を離し、その手を背中へまわす。
「分かるさ。ナミさんに何かあったことくらいは..だから気にしねぇで」

抱きしめる腕に力が入り、ぱさり、とサンジのシャツが落ちる。
その広い胸にナミは包まれ、その温かさにナミの目から思わず涙がこぼれる。
今まで一度しか涙を見せなかったナミの肩が震えている。


たまらずサンジはこれまで堪えてきた言葉を口にした。
「ナミさん...俺にナミさんを温めさせてくれねぇか...」
驚いてサンジを見上げるナミ。溢れる涙が、これまで見たことのない艶を瞳に与えるている。

サンジは残る理性を総動員させて、言葉を続ける。

「さっき、ナミさんが怒ったことも、今泣いてることも、ずっと昔にナミさんに起きたこと
 も・・・つらいことは全部、俺に温めさせて欲しいんだ」
両手をナミの頬にあて、涙を拭ってやる。


「あなたの全部を俺にくれないか?」


よかった...現実のサンジ君はすごくやさしくて、温かい―


心から微笑むとナミはサンジに答える。

「私の全ては、すごく重たいわよ。それでもいいの?」
「だてに足腰鍛えてねぇから、大丈夫ですよ」


サンジはにっこり笑うと、ナミの顔を上向かせる。
2つの唇の隙間がしだいに狭まり―



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