馴染の酒屋は既に閉まっていて、仕方なくコンビニに寄ってダルマを買った。
自動ドアの向こうから向こうから吹く風が思いの外冷たく、反射的にジャケットの前を合わせた。
何を考えるでもなく独り行く家路。車道も歩道も区別のない細い道。壊れかけた街頭は頼りなく明滅を繰り返している。
それでも月明かりのおかげでさほど苦にはならない。
もう一つ角を曲がれば我が家だ。殺風景な男所帯でもこの月があれば少しは酒も旨くなろう。
と、ふいにポケットに振動が走る。
ビニール袋を左手に持ちかえ携帯を取り出す。古い液晶画面には遠くに住む女の名がある。
「よっ!!」
ボタン一つ押しただけで、その声を耳にしただけでその場が明るくなったような気さえする。惚れた弱みか、そんなこと口にするつもりは毛頭ないが。
「どこ? 今」
「今帰りだ。一つ前の角」
「そか」
「こっちはいい月だぜ」
「うん」
耳に響く声はこんなにも近いというのに。もどかしい思いが勝手に口を開かせる。
「なぁ」
「何?」
「次いつ会えんだ?」
電話の向こうで女は笑った。笑顔はすぐに浮かんだ。
「じゃあ、その月が曇ったら」
―月?―
見上げれば雲の一端が月にかかろうとしている。ぼんやりと光るそれは薄いヴェールのように月を覆っていく。
月を見ながら角を曲がる。目の隅に何かが映る。
視線を落としたその先に立っていたのはナミだった。
「ほら、ね」
ちょっとの間とはいえ、随分間抜けなツラを晒してたんだろう。我にかえってせいぜい余裕の笑いを見せてみるが時既に遅しか。してやられた。
―月も見てないなら構わないだろう―
近づきざまナミに口づける。せいぜいの仕返しだ。
「また安酒買って!」
コンビニの袋をひったくってナミは笑った。
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