路地裏の古い漆喰の壁に背を預け、ゾロはずるずると地べたに座り込んだ。
頬はびりびりと焼けつくように痛む。
グーで殴られなくて良かったと少々ずれたことを思いゾロは空を見上げた。
大きな雲がゆったりと流れていく。
その白を切り裂くように黒い物体が飛び降りてきた。
ひらりと音もなく着地したのは全身真っ黒な一匹の猫だった。
まだ若いのだろう。ほっそりと均整のとれた体を覆うのは濡れたように艶やかな黒の体毛。
飼い猫ではなさそうだがこれまで見たことのない位に綺麗な猫だった。
ピンと尾っぽを立てると、至近距離にいるゾロのことなど気にもとめず、背を向け優雅に歩き出す。
二歩程進んだところで黒猫は突然振り返る。
その目の前に飛び込んできたのは二回りも大きな虎猫。
自分の方に近寄ろうとした虎猫に一瞥をくれただけで黒猫はぷいとそっぽを向く。
虎猫はナァナァと盛んに声をかけているが、黒猫は興味がないのか全く反応しない。
そのまま歩き出そうとした黒猫に擦り寄ろうとした虎猫に次の瞬間、黒い前足が動いた。
振り向きざまの一撃で鼻先を引っかかれた虎猫。
今度こそ黒猫はわき目もふらず去って行く。
後に残されたのは負け男二人。
虎猫は頭を上げると寂しげにゾロを見つめる。
苦笑しながらゾロが手を差し出せば、その手のひらに何度も背を擦り付けてくる。
―どうやらコイツも大分こたえてるらしいな―
脇に手をやり、目の前に猫を抱き上げるゾロ。
「男は辛ぇよな」
顔を近づけ、何とはなしの親近感でそう声をかけてみる。
と、猫は前足を動かし、ヒョイとゾロの肩に乗せる。
どうやら慰めてもらったらしい。
そんな互いが余りにも滑稽でゾロは一人腹を抱え、笑った。
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