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表書庫


  掌中の花 Date: 2003-09-26 (Fri) 


―これから先、貴女に吹きつける風が少しでも和らぎますように
 それは不遜な願いかも知れないけれど―







それは、ちょっとお目にかかったことのない位に豪奢な絨毯だった。
色を言えば白に桃、薄桃、紫、濃紫。
珍しいところでは、薄黄色。
形を言えば、殆どが一重。
よくよく目を凝らしてみれば、新種か亜種か、八重のものもある。

―八重咲く秋桜―
古典に倣って言えばそんなところか。


「ほら、ナミさんっ!!」
眼前の風景に見惚れているのだろうか、黙り込んでただ立っているナミの背を
サンジは軽く押す。
小さな悲鳴と共に、それでも軽やかに花の群れの中に降り立つナミ。
ばさり、と髪をかきあげるとサンジを軽く睨みつける。
「女性を突き落とすなんて、イイ趣味ね!」
ナミの一段上でサンジは楽しげに目を細める。
「花と戯れる貴女が早く見たくて―」
そう言ってナミの攻撃を封じると自らもヒラリと花畑へ飛び降りる。
「―って理由で勘弁して頂けませんか? お姫様」

実際、花に囲まれるナミの姿は可憐なことこの上ない。
微風にそよぐ色とりどりの花達。
その中にあって色褪せることのないオレンジの花。
そんなことをぼんやりと考えていると、気付けばナミの姿がない。
ついさっきまで並んで歩いていたのに。

―エスコート中の女性を置いてけぼりにするたぁ何たる不覚―
慌てて振り向くサンジの目にいつもとは異なるナミの姿が映る。

どんな時も毅然と、颯爽と歩くナミであったが。
今は俯いたまま、一歩一歩確かめるように歩いている。
その所為でサンジとの距離が開いてしまったのだ。

―???―

「ナっ、ナミさんっ! もしかしてさっきどこか痛めました―?」

悪戯っ気を出して背を押したあの時に―
焦って駆け寄るサンジに、ナミは笑顔で身の無事を伝える。

「ん〜〜、何か踏んづけちゃったら可哀想だと思って・・・・花」
ホッとした顔でサンジはナミの手を取って歩き出す。
「大丈夫ですよ、ナミさん。コスモスは、すげぇ丈夫な花なんです」

倒れても、倒されたその茎から根を出し、蘇る花。
そう説明すると、ナミは意外そうな顔を見せる。

「花に詳しいんだ?サンジ君」
「これでもガキの頃から客商売やってましたからね」
にこやかに笑いながらサンジは続ける。

「仕入れの時に花も一緒に買うこともありましたし・・・
世話んなってた花屋のコが店まで届けてくれることもありましたし・・・」

「ふーん・・・で、色々聞いたんだ?」
そうそうと頷くサンジ。
悪戯な光を宿した瞳でサンジの顔を眺めると少し間をおいてナミが一言付け加える。
「・・・寝物語で、色々と」
「そうそう、色んなコから色々・・・と・・・・え・・?」
ニヤケながら頷き続けるサンジの首の動きが、下を向いたところでピタリと止まる。
恐る恐る顔をあげたサンジの目に背を向けたナミの姿が映る。

「ナ・・ミ、さん・・・・?」
サンジの呼びかけにもピクリともしないナミ。
「・・・え・・・ぇと・・」
いよいよ困り果てたサンジは躊躇いながらもその背を抱きしめる。
「・・・・今は貴女だけですから・・・」

きっと今、サンジは捨てられることを恐れる子犬のような顔をしているのだろう。
ナミはその顔を思い描いて危うく噴き出しそうになり、何とか踏みとどまる。
さっきの仕返しとばかりだんまりを決め込んでいたが。
「・・・・怒ってます?」

消え入りそうな程のその声に、とうとうナミは笑い声を漏らす。
「馬鹿ね、怒ってなんかないわよ」
くすくすと笑うナミに応えるかのように、一斉に花達が揺れる。
空はどこまでも高く、吸い込まれそうな程青い。
そこから放たれる風は透明で、秋らしくやはりどこか冷然としている。
そんな涼秋を慰めるように咲き誇る秋の桜。

華奢で可憐で美しい―
だが決してそれだけではない。

同じように―
今、手の中に一輪の花がある。
どんな嵐に晒されても、たとえその風に倒されたとしても―
きっと己の力のみでしなやかに立ち上がるのだろう。

枯れることを知らない至上の花。

―それでも―
冷えた風が額を撫ぜ、知らずサンジの腕に力がこもる。
―これから先、貴女に吹きつける風が少しでも和らぎますように
貴女を守る風除けでありたい。
それは不遜な願いかも知れないけれど―


サンジの腕の中でくるりとナミは身を翻す。
「あったかいね、サンジ君」
優しい眼差し、柔らかくほころぶ花顔。
その眩しさにサンジは目を細め、今度はそっと抱きしめる。
計り知れぬ程の強さを内に秘めた、たおやかなる身を傷つけぬよう、そっと。



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