*については裏書庫に続きがあります。
表書庫
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一語一愛 |
Date: 2003-09-26 (Fri) |
ただその一言で俺を有頂天にさせる。
ねぇ、自分の持つ言葉の威力を自覚してます?
昼飯終わり。片付け終わり。
天気がよくて風もいい。皆、昼寝をきめこんでるのだろう。外は何かの奇跡のように静かだ。
エプロンを外して椅子の上に放り投げる。
ぐにゃりと伸びたエプロンの脇に腰を下ろそうとして、やめた。
流しの下の戸棚を開け、屈み込む。
大して広くもないそこには、缶詰や調味料が置いてある。
その角にある目的のものに手を伸ばした。
奥の一角にノートや紙切れだのペンだのが置いてあることは多分俺しか知らないだろう。
ブックバンドで十字にまとめられた十数のノートは調理道具に並ぶ俺の財産だ。
手前に垂れているバンドの端を引いてその束を取り出し、テーブルへと戻る。
バンドをゆるめると、挟んでいた鉛筆やらペンがテーブルの上に転がり落ちた。
ノートの束を捲る。
一番手前が今使っているもので、奥に向かうほどに古びていく。
バラティエで過ごした年月と共に増えたノート。
食材や様々な調味料、人づてに聞いたちょっと変わった調理法。新しく考えた盛り付けのデザインなんかが雑な字と絵で記されている。
気紛れに一番最初のノートを開いてみる。
表紙の裏にガキの字でオールブルーと書いてある。
ひでぇ字。
苦笑に歪んだ唇に、煙草はその角度を変える。
ガキの頃の思いつきから、表紙の裏には必ずその言葉を刻んできた。
宣誓にも似たそれはてめぇに気合を入れる為にも役立った。
手前の一冊だけを残し、過去を束ねる。
妙な形に膨れたノートの中身は無造作に挟んだだけの紙切れ達。
この船に乗ってからこっち、ノートに書きつける時間すら取れなかった時に残した走り書きだ。
煙草の端を噛みながら取捨選択。
必要なものはノートに書き写していく。こうやって整理していくうちに必要なことは自然に頭に入っていたりする。
記憶の再構築に一役買っているらしい。
丸めた紙屑がそろそろ山になりかけた頃。
「くぁーー」
伸びと欠伸を一つしたところで扉が開く。
「おっきな口」
くすくすと笑いながらナミさんが入ってくる。
ううう・・・間抜けなツラを。
慌てて口を閉じる。
彼女は両手に本や紙の束を抱えている。どうやら目的は一緒らしい。
「ナミさんも何か書きもの?」
「ん、最近ちょっと溜め込んじゃってたのをちょっとね」
と、向かいに座りトンと本を置く。
その勢いであっさりと崩れた紙屑山を慌てて堰き止める。そんな俺を笑って、
「先客がいるとは思わなかったけど」
紙屑を捨て、お茶の用意をする。
俺一人なら煙草だけで十分だが客がいるとなれば話は別だ。
温かな湯気と爽やかな香りがテーブルを彩る。
目の前でペンを走らせる彼女に思わず見惚れる。
う、ヤバイ。仕事の能率が。
目の前の誘惑と共にノートと格闘することしばらく。
額のあたりに視線を感じて顔を上げると、やはり目が合った。
今日も今日とて麗しいナミさんがやたらマジな顔で俺を見つめている。
「うわ、ごめん。気づかなくて」
何たる不覚か。見れば広げたノートの隣でカップは真白な底を晒している。
わたわたと立ち上がる。
書付の、開いていたページが盛大な音を立ててめくれ、鉛筆が転がり出す。
一気に騒がしくなった様子に彼女は笑う。
そんなんじゃないのよ、と言って益々綺麗に微笑む。
そうしてカップを差し出した。
「でも、折角だから頂くけど」
カップとポットをすすぎ、半ばぬるくなったヤカンの湯を注いで温める。
残った湯に水をたして再び火にかける。
「さっき見てたのはね」
背中ごしによく通る声。
「何かいつもと違うなーと思ってたのよ。メガネね」
あぁ、そう言えば。
彼女の方を振り返り、シンクに寄りかかる。
では、お湯が沸くまで少々昔語りをば。
「別にかけなきゃかけないでも大して不自由はしないんですけどね―」
まだガキの時分、夜更かしは許されなかった。
どんなに粘っても摘み出されて部屋にぶん投げられていた。
だからって寝られる訳じゃない。
階下から聞こえてくる賑やかな声笑い声。その疎外感ったら切ないことこの上ない。
「寂しがり屋だから、俺」
冗談のつもりだったのにあっさりと、そうね、と言われた。複雑。
寝ようとして寝つけなくて本を読み漁っていた。
幸い、料理関係の本ならいくらでもある。
真暗な部屋にこっそり灯した灯りで、眠るまで。
『お前、何客を睨みつけてんだ?』
最初に気づいたのはクソジジイだった。いつの間にか目を悪くしてたらしい。
まぁ、発見が早かったんで酷いことにはならなかったんだけど、それでも細かい字を見たりするときなんかはメガネをかけた方が楽ではある。
「そん時の癖が抜けなくて、つぶらな瞳の少年が目つきの悪ぃ少年になっちまったんですけど」
メガネをずらして目を細めてみせる。
「意外なとこで真面目よね、サンジ君て」
けどさ、とニヤリと笑う。
「なーんて言いつつ、こっそり見てたのには料理じゃない本も入ってんじゃないの?」
「う、完全に否定できない自分がつらい」
そう言って胸に手をあてると、軽やかな笑い声が響いた。
「で、似合う?」
何とはなしに胸を張りながら聞いてみる。
「うん、似合う似合う」
頷きながらも、その肩が細かく震えだす。
笑いを噛み殺しながら彼女は付け加えた。
「120%増しで賢く見えるわよ」
・・・・・・すいません、いつも馬鹿で。
がっくりと項垂れる俺を励まそうというのか、もしかしたら彼女に同調して俺をからかってるのか、ヤカンの口からシュンと湯気が噴き出し始める。
もうぼちぼちかとシンクに向き直り、すっかり温まったポットから湯を抜く。
シュンシュンとヤカンはひっきりなしに声をあげる。
火を止め、あとはカップの湯を捨てる。
「それでね・・・」
両の手にカップを持ち上げたところで声がかかる。
相槌を打つ間も振り返る間もなかった。
「凄く好きだなぁ、って思った。サンジ君のこと」
・・・・・・・カップを取り落とさなかった俺を褒めてくれ。
気づいてる?
その唇を、その肌を知っている。
だけど貴女が俺のことを好きだと言ってくれたのはこれが初めてだってこと。
やべぇ。嬉し過ぎると逆にリアクションできないもんなんだな。
とりあえず、湯を放り投げてカップを置く。
握り拳で隠れて小さくガッツポーズ。
勝手にニヤける頬を必死で押さえて彼女の元へ。
「あ! ありがと・・・・・・・・?」
怪訝そうな顔も可愛らしい。
「どしたの? 頬っぺた引き攣ってるわよ」
やっぱり押さえきれなかったらしい。
「我慢できないんだもん。嬉しいの」
「?」
「ナミさんが初めて言ってくれた。俺のこと好きだって」
その後の彼女の顔を俺はきっと一生忘れない。
目をぱちくりとさせて、真赤になったあの顔を。
「身に余る光栄なお言葉に感激することしきり」
絶句したままの彼女の傍に片膝をつき、頭を垂れながら恭しくカップを差し出す。
「すげぇ熱い視線だったからさ」
「キスでもして欲しいのかと思ったのに」
わざと残念そうな顔をして見せると、彼女は音もなく身を乗り出した。
目の前で綺麗な弧を描く赤い唇。
それが、すいと窄まり、重ねられる。
何というか、今日は先手を取られがち?
苦笑する俺に彼女は澄まして言った。
「でも、折角だから頂いたけど」
終
Thanx 20000 request
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