*については裏書庫に続きがあります。
表書庫


  「いや、だからそうじゃなくって」 Date: 2008-05-03 
*2008サンナミ応援企画「My lady,My guy」投稿作品。
お題配布元:TV

お、こんな味付けも面白いな。
今しがた出航したばかりの島で手に入れた香辛料を片手に、サンジは店の主にもらったレシピを熱心に眺めていた。
キッチンのテーブルの上には、色とりどりの野菜や果物が籠盛になっている。
未知の食材を見れば心が躍るし、新たな調理法を知ればチャレンジ精神がかきたてられる。
レシピの束の上に、手にしていた赤い実を転がす。
さぁて、どう料理してくれよう。
沸き立つ気持ちを代弁するかのように、口の端に咥えた煙草の火がひょこひょこと上下に揺れた。
頭の中では、揚げ物や詰め物に形を変えた食材が浮かんでは消える。手元が寂しくなったのか、頭の中は料理に没頭したままのサンジの手が無意識の内にテーブルの上を彷徨い始めた。
籠の手前に、薄く色の入った眼鏡が無造作に置かれている。それは、日差しの強かった先の島でかけていたものだった。
偶然指先に触れたそれを取り上げると、サンジは手遊びに、つるの部分を起こしては倒し起こしては倒しして、思案を続ける。暫くすると、つるで遊ぶのにも飽きたのか、やおら眼鏡を掛けてみたりしていた。
「うーん」
空いた両手で腕組みをして一つ唸った直後、感じた人の気配に横を向けば、いつやってきたのか、傍らでナミがサンジをじっと眺めている。
「おわっ! ナミさんどしたの? って言うか、いつからそこに?」
大げさな身振りで驚くサンジを見て、ナミは笑いながら口を開く。
「眼鏡を弄りだした頃からね」
「そんな前から!? ナミさんの熱い眼差しに気づかぬとは男サンジ一生の不覚」
無防備なところを見られた気恥ずかしさから、サンジは芝居がかった口調でそう言うと、ナミに隣の席を勧めた。
「何か飲む? 紅茶でも淹れようか?」
慌しく腰を上げかけたサンジの腕をナミが掴む。そうして、怪訝そうな顔を見せたサンジを座らせた。
「それよりもじっとしてて?」
にこりと笑って、ナミは自分を見つめるサンジの頬に両手をあて、正面に戻す。
「ナミさん何でまた」
ナミに頬を押さえられたまま、サンジはぎこちなくも横目でナミを見る。
「好きなの。この角度で見るサンジ君の顔」
そんな台詞でまじまじと見つめられると、どうにもこそばゆい。ふざけて誤魔化す機会を逸したサンジは、照れたようにこめかみを掻いた。
ナミは、サンジの横顔に更に顔を寄せる。
「このままもうちょっと見ててもいい?」
サンジの視界の隅でナミの唇が動いた。
すぐ傍にちらりと覗くのは、柔らかで甘そうな唇。それはサンジの胸をどうしようもなくざわめかせる。
気づかれぬように小さく息を吐くと、サンジは精一杯余裕がある風で口を開く。
「ダーメ!」
女の頼みであれば断ることを知らない筈のサンジが発したその言葉に、ナミは驚き目を丸くする。サンジの頬に触れていた手がぱたりと落ちた。
「何か気に障ったりした?」
「とんでもない」
「じゃあ、お邪魔だった? 気が散るとか?」
少し拗ねたような口ぶりが、何とも可愛らしい。
「いや、だからそうじゃなくって」
笑い含みにそう言って、サンジは灰皿を手元に寄せると煙草の火を押し付けた。
じっと見つめてくる大きな瞳を、サンジは手のひらで覆う。ナミが瞬きしたのだろう。長い睫がサンジの手のひらをくすぐった。
片手でナミの目を塞いだまま、もう一方の手で眼鏡を外し、サンジはついと身を乗り出す。
「なんか急にキスしたくなっちゃいまして」
囁く声に、手のひらをくすぐる睫の動きが止まる。
かざされていた大きな手のひらがゆっくりと下りれば、ナミの瞳は閉じたまま。鮮やかな笑顔を作ったその唇に、サンジはそっと唇を合わせた。


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