*については裏書庫に続きがあります。
表書庫


  彩夏 Date: 2003-09-26 (Fri) 


昼の熱気を孕んだまま日は暮れた。
陽は山の彼方へと消えていったが、その稜線はまだまだ明るい。
薄暮の時間はまだ長そうだ。


「あー、あぢい!」

不機嫌さを顕わに男が毒づくと、隣を歩く女がその肩をべしと叩いた。

「ってーな!!」
眉間に皺を寄せ、男は女を睨みつける。
が、どう見ても女の怒気の方が勝っている。
男は目を泳がせながら藍の空を見上げた。

「だ、れ、の、所為で」

女は男に言い聞かせるように、一つ一つ言葉を区切る。

「私まで汗だくなのかしら?」

男は空を見上げたまま黙っている。

「折角皆が早くから場所取っててくれたのに・・・」

―折角も何もお前が行かせたんだろうが―
という言葉を男は飲みこんだ。

「"誰か"が酒買ってくる何て言って勝手にでてって」

男は目を閉じる。

「いっくら待っても帰ってきやしない」

耳も閉じれたら、等と不埒なことを男はその時考えていた。

「こうして私があんたを見つけられたのは奇跡よね」

そこで女は足を止める。

「・・・・・・で」

律儀に一緒に止まった男の頭を拳骨で挟んで、女はぎりぎりと締め上げた。

「何で打ち上げ場所に来てんのよっ! あんたっ!!」
二人のいる場所から少し下ったところで花火師達が忙しく動いている。
見つからぬよう歩いて、身を隠せる程の木立の陰で二人は揉めだした。

ナミはゾロの頭を締め続ける。
「あんたが打ち上げるの? 花火をっ!! じゃなかったら打ち上げてもらうつもり?
そのマリモ!!」

そこまで一息に言ってナミははた、と手を止める。
いってー、と頭を抱え込みながらしゃがむゾロの頭を見ながら肩を震わせている。

くくく、と低く笑いを零すナミを、ゾロは涙目で見上げている。

「やー、ゴメンゴメン」
そう言いながらナミは片手をひらひらさせる。顔は笑ったままだ。

「あんたの頭を打ち上げたら面白いだろうな、って思ってさ」
突然の変わりように、ゾロはポカンとナミを見つめている。

「きっとさ、火花の一つ一つがあさっての方向に飛んで行くんだろうな、って」
憮然とするゾロをよそに、よっぽど可笑しいのだろう。ナミは身を捩らんばかりだ。

「いいわね、それ。今度ウソップにでも作ってもらいたいもんだわ。マリモ花火」
益々憮然とするゾロ。笑い続けるナミ。

「いい加減に・・・」
唸るような声と共に立ち上がった瞬間、光の筋が宵闇の空へと駆け上った。

闇の色を濃くした空に咲く大輪の花。
続く轟音。

二人の視線が空へと釘づけになる。

赤、青、緑。
金糸に銀糸。

惜しげもなく夜空に撒かれていく。
目に焼きついて離れない一瞬の宝石達。
体の奥底までを震わせる轟音。
それは、その美しさを見る者の身に刻みつけようとしているかのようだ。


ナミは傍らの男に目をやる。

魅せられたように瞬き一つせず、夜空を見上げている。
少年のようなその横顔。

「見事だな」
ふいにゾロが口を開く。

ナミは黙ったまま頷いた。

「華があって潔い。俺もこんな風に生きてぇな」

ナミはゾロを見つめる。
天へと向かう真直ぐな瞳。

一瞬の煌き。だからこそ見る者を惹く花火。
それは、美しいが故に少し哀しい。

「あたしは線香花火よ」
ナミはゾロの肩に頭を預けて続ける。

「どの花火が消えても、いつまでもしぶとく光っててやるわ」
声が震えたのは、光が、音が心を揺すぶる所為だ。

ナミの頭を温かな手が包む。

「俺は嫌いじゃねぇよ、線香花火」

弾かれたようにナミは顔を上げる。
花火のことを言ったのか、自分のことを言ったのか。
その真意を計りかねて、ナミはゾロを見つめた。

「何いつまでも見てんだよ」

憮然とした顔、不機嫌そうな声。
ゾロはその肩に抱き寄せてナミの視線を封じた。

その身を摺り寄せ、ナミは隠れてくすりと笑う。
あれでも精一杯の口説き文句らしい。

強く回された腕からナミは顔を上げる。
「あんたみたいな不器用者、あっという間に落っことしちゃうわよ。線香花火」

そんな憎まれ口に、ゾロは不敵な笑みを見せる。

「だったら今すぐ落としてやろうか?」
笑ったままの唇が不意に近づく。

心が震えるのは、夜空を彩る光と音の所為だけではない。
目の前の男の眩しさに目がくらむ。
目を伏せる直前、舞い落ちる光の欠片が瞳に入りこんだ、そんな気がした。



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