*については裏書庫に続きがあります。
表書庫
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日蝕* |
Date: 2003-11-18 (Fri) |
畜生。
こんなとち狂った台詞言わせんな。
てめぇの所為だ。
てめぇがあんな顔するから。
そしてこの妙な空の所為だ。
昼なのにこんなにも暗い。
その所為だ。
きっとその――――
「どこにいやがる、雑用っ!!」
そう怒鳴ってサンジはバラティエの二階から勢いよくGM号に飛び降りたものの、舳先にナミの姿を見つけると吊り上げた眦を一気に下げる。
「ナミさ〜んv お騒がせしてすみまっせ〜んvv」
ひらひらと手を振るサンジに極上の笑みを向けると、ナミは甲板を指差す。
「おつりが出るくらい、うんとこき使ってやって頂戴」
「そういや腹減ってきたな、何か食わせてくれよ」
それまでルフィとふざけ合っていたウソップは、膝を払いながら立ち上がる。
「俺も俺も〜」
手をあげるルフィを睨みつけてサンジはその両足を払う。
「てめぇは雑用だ!」
船長は雑用へと転身するわ、目的の男とは会えないわですっかり気を削がれたゾロは、船壁に背を預けて目を閉じていた。
わめき声の元にちらりと目をやると、ルフィはサンジに片足を掴まれたまま引きずられていく。
その後を笑いながらついていくウソップ。
――?
視線を巡らせると、ルフィ達とは逆の方向にナミはいた。
機嫌よさげな笑顔で手を振り、見送っている。
何とはなしにふん、と小さく鼻を鳴らすとゾロは再び目を瞑る。
聞き慣れたわめき声が遠くのざわめきにまぎれてしまうと、海を渡る風の音が途端に強く耳を襲う。
ゾロは暫くその音に耳を傾けていた。
人気のない船内。
そう言えばアイツは―
結局一緒に行ったんだろうか。まだそこにいるんだろうか。
ナミの行方がどうしてか無性に気になった。
気にしてんじゃねぇと嗜める心に、だが目は逆らった。
ゾロは薄く目を開ける。
ナミはまだそこにいた。
ただ立っていた。
今さっきまで喧騒のあった場所をじっと眺めている。
柔かな顔だった。
へぇ、とゾロは意外に思った。こんな顔もできるのかと。
笑い顔なら知っている。
豪快に笑い飛ばす顔。
人を小馬鹿にしたような憎たらしい笑み。
何を考えてるのか分からない魔女の微笑。
ゾロの知っているどの笑顔ともそれは違った。
触れれば壊れてしまいそうな、風にさらわれてしまいそうな笑顔だった。
風が吹く。
風が鮮やかなオレンジの髪をかき乱す。華奢な指が舞い上がる髪を押さえる。
伸びた腕に遮られ、ゾロからはナミの表情が見えない。
風が止めば、と考えゾロは内心うろたえる。
止めばなんだというのだ。
止めばナミは手を下ろすだろう。そして自分はまた盗み見を続けるというのか。
目を閉じろ。
ゾロは自身にそう命じる。
目を閉じて眠ってしまえ。
昼に起きてるとロクなことがない。
このまま見つめていたらいずれ必ず行き当たる、不本意な事実からゾロは逃れようとした。
目を閉じろ。
眠ってしまえばこれ以上考えなくてすむ。
夜になって目を覚まして、そして皆で酒を飲んで馬鹿な話をすれば、この訳の分からない思いはきっと忘れてしまえる。
瞼が落ちようとした瞬間、風が止んだ。
制止をかける間もなく視線は走った。
髪を押さえたまま、ナミは空を見上げている。
ゆっくりとその顔を正面に向ける。幾らかの髪を絡ませながら指先は離れていく。
はらはらと落ちて行くオレンジの髪の、一本一本がやけに目についた。
そして、パタリと腕が落ちる。
現れた顔に、もう笑顔はなかった。
耐え難い何かを、それでも飲み込もうとしているように。
さざなみのようにナミの表情は不安定に揺れる。
涙を零していないのが不思議なくらいの、否、涙を零す以上に哀切を伝えるその表情。
抱きしめてやれたら。
瞬間的に浮かんだその思いにゾロは愕然とする。
俺が?
何故。どんな立場で。アイツを?
ナミは瞳を伏せ、小さな溜息を零すと身を翻した。
そして聞こえてきたのはいつも通りの重さを感じさせない足音。
そしてそれも遠ざかり、消えた。
ゾロは混乱した気持ちのまま無理矢理に瞼を落とす。
眠れ。
眠って忘れてしまえ。
夜になれば、夜にさえなれば。
こんなにも強く忘却を願う己の女々しさに歯噛みする思いはある。
それをおして、暗示にでもかけるように繰り返しても、脳裏に浮かぶナミの姿は一向に姿を消す気配もない。
風に嬲られる細い髪。
涙を零さない瞳。
もしかしたら、泣いていたのかも知れない。
床に涙の跡がのこっているかも、と動きかけた片足はすぐに力をなくした。
それで何がしたいんだ。
自問に答えは返らない。
俺は、一体何を。
全くもって昼に起きてるとロクなことがない。
「ゾロ!」
ナミの呼び声にギクリとした心持でゾロは薄目を開ける。
ひやりとしながら見上げた先で、女の顔は余りにもいつも通りだった。
いつの間にかあたりは随分と暗い。
どれほどの時間がたったのか。
眠ったのか、眠らなかったのかも分からなくなっていた。
「何だ? 晩メシか?」
「あんたってホントに寝るか食うかの男よね」
呆れたようにナミは笑った。
「これでもちょっと昼をまわったくらいよ」
「・・・・? にしちゃ随分暗いじゃねぇか」
ゾロは手の甲で目を擦る。
「だから教えてあげようと思って来たのよ」
「あ?」
訳が分からないといった顔のゾロ。
ナミはその隣にしゃがみ込む。
「日食よ」
「日食?」
指先で床に星の位置を描きながらナミは説明する。
「そ、新月の日だけ。この星と月と太陽が一直線に並ぶと太陽が月の陰に隠れるの」
「へぇ」
「それも皆既日食!!」
空を見上げるゾロの耳に弾んだナミの声が届く。
「見なきゃ損よ!! こんなに綺麗に全部消えるのなんて、見られる場所限られてるんだから」
「ふぅん」
熱っぽく語るナミに反して、ゾロの返事は気のないものでナミは盛大に溜息をついた。
「ねぇ、見て!」
そう言ってナミは、ゾロの組んだ両腕の上に身を乗り出すようにして天を指す。
それは何気ない動きで、ただオレンジの髪が目の前にそよいだ。
柔らかな肉の感触。
優しい髪の香り。
心臓に悪い。
隙など見せない、という姿勢をいつも否というほど見せつけるくせに、先程も然り、こうして不意をつくように無防備な姿をさらけ出す。
それがゾロには堪らなかった。
「ほら、もうすぐ全部消える」
ナミは興奮した声で更にゾロに身を寄せた。
しかし、ゾロは示された先には目をやらなかった。
闇は刻一刻とその濃さを増していく。
やめろ。来るな。
それは迫り来る闇に向けた言葉なのか、それともこの女に向けた言葉なのか。
ゾロにはもはや分からなかった。
畜生、畜生畜生畜生。
視線を感じ、ナミは顔を上げる。
「ゾロ?」
怪訝そうな表情は、真面目くさったゾロの顔を間近に認め、からかうような笑顔に変わる。
その顔に一段深く影が差す。
「どうした――」
そして次の瞬間、影を追うように唇が音もなく重なった。
「――!!?」
抱きしめたナミの身体は余りに華奢で。
許可も合意もないまま、唇は深く落ちていく。
「んっ・・・・・・・・んぅ!!」
呆然とゾロを見上げていたナミの瞳に光が戻る。
ゾロの胸板に両手をつき、思い切り突き飛ばす。
「な・・・に、してんのよ。あんた・・・」
睨みつけるナミの瞳には戸惑いが色濃く滲み出ている。
「寝すぎで頭おかしくなったんじゃないの?」
「・・・かもな」
勢いよくまくし立てるナミにもゾロは表情を変えない。
あまりにも真直ぐにナミを見つめるので、ナミの方がバツが悪くなり、思わず目をそらす。
確かに狂ってる。
じゃなきゃてめぇみたいな性悪女にこんなこた言えねぇだろう。
天だって狂うんだ。
俺だっておかしくっても仕方ねぇだろう?
「てめぇが欲しい。抱かせろ」
ナミの唇が僅かに開く。
息を飲む音がやけに大きく聞こえた。
そして、ナミの唇が何事かを言う前に、ゾロは再びその唇を封じた。
黒い太陽が見つめる。
一瞬の闇に包まれた世界を。
月に隠されたまま、太陽はまだその姿を見せない。
終
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