*については裏書庫に続きがあります。
表書庫
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dire blanc dire noir |
Date: 2003-09-26 (Fri) |
「ローグタウンだとよ」
灯りをおとした、というよりは薄暗い、と言った方が正しい店内。
スタンドバーのカウンターに行儀悪く背をもたれさせてそう言った後、男は手の中の杯を一気に呷った。
がっしりとした体躯の男の傍らに現れたのは背の高い女性。
暗がりの中でも褪せることのない程のその美貌。
注文をしないうちからその前にグラスが置かれる。中身は隣の男と同じものだ。
なじみのこの店。
異動が決まったのならば、二人で訪れることなど、この先そうはなくなるのだろう。
「それは、それは・・・」
不機嫌そうな男の声とは対照的に隣からは冗談めかした女の声。
「おめでとう、スモーカー君」
「お前、そういう心にもないコト言うんじゃねぇよ」
明かに不機嫌の度合を増した男の声に怯みもせずに女は言う。
「では、訂正。おめでとう、私」
「なんだそりゃ?」
「同期入隊で、訓練生時代から一緒、階級も一緒なら赴任地も一緒。でもこれで腐れ縁とはさよなら、ということね」
そう言って楽しげに笑った顔が、それにしても、と杯を傾けた後に一転する。
真顔で女は男の方へと視線を動かす。
長い髪がはらりと男の身体を掠める。
「正直な話、体のいい厄介払いってとこかしら」
ジロリと睨みつける男に構わず、女は話を続ける。
「我を通すのも結構だけど、あなた、程々にしとかないとこの先やっていけないわよ」
幾人もの者に幾度となく言われたその言葉。
冗談じゃねぇ、はき捨てるように男は呟くと顔をあげる。
「お前は俺が上にヘコヘコ頭を下げる姿が見たいのか?」
少々不貞たようなその声音に、女はふふと笑いを溢す。
「そんなの見たら、いっそ大笑いかしらね」
だろう、と男は薄く笑う。
「俺が俺でなくなっちまうんならここにいる意味なんぞねぇからな。
向こうが俺の在るべき場所になり得るんなら喜んで行ってやるさ」
きっぱり言いきると男は真直ぐに女を見つめる。
敵対する者全てを焼き尽くさんとする炎と何者にも惑わされぬ固き意思が同居する、その眼差し。
曲げることを、曲がることを潔しとしない瞳。
今の上層部にとってみれば、それは恐るべきものなのかも知れない。
今回の異動はそれ故か―
女は気づかれぬように嘆息した。
「まぁ、確かに東の海あたりの海賊では、あなたには役不足だろうけど・・・・
待ってなさい、すぐに私がこっちへ呼び戻してあげるから」
「私の部下としてね」
「ぬかせ」
苦々しく笑うと男はとうの昔に空になっていた杯を軽く上げる。
初老のバーテンが無言のまま琥珀色の液体を注ぐ。
苦もなくそれを飲み干すと、男は女に尋ねる。
「・・・話は終いだ。で、お前、これからどうすんだ?」
「帰って一杯飲んで休むわ、あなたは?」
「右に同じだな―」
じゃあ、とどちらからということもなく瞳が合う。
次の瞬間、男の手から放たれたコインが薄闇の中、鈍色の光を弾きながら回る。
「表」
凛とした声で女は二分の一の確率を言葉で表す。
吸い込まれるように手の甲に落ちたコイン。
その上に乗せた手を、男は静かに動かす。
直後、苦虫を噛み潰したような男の肩を勝者がポンと叩く。
「私の勝ち。よかったわ、あなたと飲むと部屋が散らかって仕方ないんですもの」
女は艶やかに笑いながら手を差し伸べる。
「では、参りましょうか? 敗者のお宅へ」
黒の名を冠した女の掌に―
白の二つ名を持つ男は、自分の掌を打ちつける。
パチリ、と軽やかなその音は、鬱とした気分を晴らすのには十分に効果的であった。
終
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