*については裏書庫に続きがあります。
表書庫


  ホット ライン Date: 2003-09-26 (Fri) 
「左、遅れているっ! 陣形を崩すなっ!!」

凛とした声をかき消すように砲弾が艦をかすめ、海面を叩く。
跳ね返る水しぶきを避け、指揮官は振り返る。

三方より攻められ、半ば沈みかけている敵船が二つ。
白兵戦もどうやら終わったようだ。
それぞれの甲板上で踊っている者の影が見える。

全く・・・・・
美貌の指揮官は溜息と苦笑を同時に見せる。
ふざけているとしか思えない二人組だが戦闘能力は高い。拾ってみて損はなかったというところか。

「さて、こっちも仕上げにかかりましょうか」
一人ごちると、女司令官はその長い髪をかき上げる。

そのまま腕を伸ばし、天を指差す。それが合図だった。
巨大な黒槍が一斉に放たれ、最後に残った一隻の、船としての命脈を断ち切った。



「艦を寄せなさい!」

「はいっ、ヒナ嬢っ!!」

後は個人的なお楽しみの時間だ。ヒナの顔に自然と笑みが浮かぶ。
あの者達は一体どれだけ楽しませてくれるだろう。
酷薄にも見えるそれは、美しい魔性の笑みだった。

自艦を前進させ、ヒナは船首方向へ歩き出す。
そのヒナを追いこして、板を担いだ部下が二名走って行く。

ガタン、と音をたてその板が敵船に渡される。
さして広くない巾の板、一枚。それは突入にはあまりにも不向きであったが、この艦においては常の決まりごとであった。

渡るのは一人。
黒檻のヒナ、その人だけである。

先に走って行った部下の一人が板をしっかりと押さえ、もう一人が手のひらをヒナに差し出す。

ヒナは黙ったまま、片手を部下の手のひらに預け、板に片足をかける。
まるでこれからダンスでも始まるかのような優雅な動きだった。

「後は頼むわね」

そう言い残して敵陣へと一人降り立つヒナを部下は敬礼で見送る。
逆に敵船から乗り移ってこようとする者を警戒し、部下達は船縁に残るのだが、それはいつも杞憂に終わっていた。
渡し板がゆっくりと外された。



とぐろを巻く海賊達。
向けられる殺気が心地よい。
うっとりとした顔でヒナは、手袋を己が手になじませ、その具合を確かめるように右の拳を左手のひらに打ち付ける。

不敵な笑みを浮かべ、一歩を踏み出した途端、

「ヒナ嬢っ、通信が入りましたっ」

渡し板の向こうで通信兵が困ったような声をあげる。
少年といった方がいい程若い海兵。馴染みの薄い顔だった。ヒナは記憶をめぐらす。
つい先日体験入隊で支部にまわされた新兵だ。たしか今日が初陣ではなかったか。

「誰? これからイイところだからかけなおせ、と伝えなさい」
不快気に眉根を寄せても、その美貌は一欠も損なわれない。

「そっ、それが・・・・・」
「何?」

射るような視線を受け、通信兵は怯んだようにその場でたたらを踏み、姿勢を正して再度報告する。

「・・・・名前はおろか、所属も階級も言わないんですぅっ!」

「は?」

泣きそうな顔で通信兵は報告を続ける。

「とにかくつなげ、と凄まれまして・・・・」
縮こまる通信兵。

そのもの言い・・・・否な予感がする。ヒナの顔が曇った。

「・・・・挙句、今出ないと後悔すると伝えろと嚇される始末で・・・」
どうしたら、と通信兵はますます身を縮ませた。

倣岸に不遜をかけたようなもの言い。
どうやら否な予感は大当たりらしい。ヒナは盛大に溜息をついた。

「あぁもう」
ヒナは面倒くさげに頭を振る。
どうしてあの男はこう絶妙のタイミングで人の楽しみにケチつけてくれるのだろう。

「何ごちゃごちゃ言ってやがる!!」
「一人で乗り込んでくるわ、舐めてんのか、てめぇ」

口汚い怒声が飛ぶ。
ヒナは顔を上げると、敵に向かい、にっこりと微笑む。
あまりにも場にそぐわない笑みに思わず海賊達は言葉を飲む。

「ちょっと野暮用ができたんだけど、待っては・・・・・」
「ふざけてんじゃねぇぇぇっ!!」

剣を抜いた若い海賊が一人ヒナの元へ突進してくる。

「・・・・・くれないみたいね」

振りかぶった剣が下ろされるより早く、ヒナは右足だけを残して僅かに左へと体をさばく。
剣は空しく空を裂き、ヒナの足に突っかかる格好となった海賊は大きくバランスを崩す。
勢いよく前のめりになった海賊の胴をヒナの腕が通過する。

ガチャン!!

重々しい音と共に海賊は床に転がる。
必死の形相でもがいてはいるが、その身を縛る黒の檻は決して外れることはない。

「あなたのようなタイプは戦場で真っ先に死ぬわ」
その胴に足をかけ、ヒナは笑う。

「これで済んだこと、感謝なさい」
そう言って端へと蹴飛ばす。

「能力者か!」
目の前で起こった出来事に海賊達は驚愕を経て、再び色めき立つ。

通信兵は初めて目にするヒナの戦いっぷりに呆然としている。
ヒナはたった一人で海賊達の視線を受け止めながら、通信兵に声をかける。

「あなた!」

「はっ!」
鋭い声に通信兵はビクリと身を震わせる。

「仕方ないわね。こっちに持ってらっしゃい」

「は?」

「同じコト何度も言わせないで! 電伝虫持ってここに来なさい」

「は、はいっっ!!」
こけつまろびつしながら駆け出して行く通信兵をちらと見、ヒナは苦笑した。

さて、とヒナは指を鳴らす。
「少しウサ晴らしに付き合ってもらおうかしら」

ひとさし指を二、三度曲げる誘う仕種で、ヒナは本格的な戦端をきった。



ドシャっ!!

電伝虫を抱えて戻ってきた戻ってきた通信兵が目にしたのは、崩れ落ちる海賊。
細身の身体でどうして、と不思議に思うほど一撃で仕留めている。
相手の腹に膝を入れ、崩れ落ちる背中に叩きつけた腕は音もなくひしゃげ、敵を拘束する。
一連の動きは瞬き一つの間に起こった。

既に捕えられた敵は角の方で小山をなしているが、まだ残党の気配がある。
通信兵はゴクリと喉を鳴らした。
まさか初陣で白兵戦の只中に放り込まれるとは思ってもみなかった。
ことの次第を説明し、電伝虫を受け取る時に先輩達にしきりと羨ましがられた。戦闘中のヒナ嬢のお傍に寄れるなんて、と。

皆どうかしている。
そんなことを思いながら通信兵は敵船に足を踏み入れ、一気にヒナの元へ駆け寄った。

大分残りも少なくなった敵に左の一撃をくれてから、ヒナは通話器を受け取る。
では、と電伝虫を置いて去ろうとする通信兵の襟首を掴まえ、

「その電伝虫持って傍についてなさい、邪魔にならないように」
倒れ伏した海賊に"鍵"をかけながらヒナは続ける。

「えぇえっ!!?」

「お行儀の悪い連中にそれ蹴飛ばされかねないし、渡し板は私が戻るまで出ないわよ」

驚きのあまり硬直する通信兵を見、ヒナは低く笑い声を漏らす。

「それとも・・・・」

「大佐っ! 後ろっ!!」

声が重なった直後、ヒナは振り向きもせずに、後ろに蹴り出した足で敵を弾き飛ばす。
「私の傍では不安かしら? ヒナ心外」

そう言ってヒナは微笑かける。
それは戦場にあって一層艶やかに咲き誇る花。
通信兵は目を離すことができない。皆が羨ましがった意味がようやく分かった。

「と、とんでもありません、ヒナ嬢!!」
目を見開いてその顔を凝視していた通信兵は、姿勢を正し敬礼した。




「代わったわ」

「・・・・・遅ぇぞ」
カタツムリの口から聞こえる声は低く、不機嫌そうだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一人で敵を残骸の山とした女丈夫の手が震えた。

「あんまり長くくっちゃべってると、本部に動きを掴まれかねねぇんだ、こっちは」

ヒナは黙ったまま、手近な敵の腹に拳を沈める。
溜まる一方の鬱屈を一手に引き受けるはめになった哀れな敵は、現在床の上で悶絶した。
「本部に傍受されるのを嫌がる軍船なんて、あなたのとこくらいしかないわね。それで?」

「この間の出頭命令の件だな。ついでに麦藁の新しい情報は入ってねぇか?」

「あぁ、そのこと」
蹴り飛ばした敵の手から短剣が飛び、偶然にもその後ろに迫っていた男の腿に刺さる。

「ギャアっ!!」

男の腿から滴り落ちる血が床を暗い赤に汚した。
それを見たヒナは小さく舌打ちする。血を流す戦いをヒナは是としない。
それは倫理的な観点からではなく、あくまで好みという観点からだが。
血に塗れる戦いは無粋だ。無血で敵を組み敷くことに悦びを感じているのだ。

短く響いた悲鳴は相手方にも聞こえたようだ。

「取り込み中みたいだな」
声には全く悪びれたところがない。

「まぁ、問題はないけど」
動けなくなった者を次々と拘束しながら、ヒナは相手を挑ュするようなことをさらりと口にする。

それを聞いた敵船長は自らの周りを固めている残りの三人を一気にけしかけた。
逆上した者の動きを読むことは容易い。
大降りの拳はヒナの髪をかすりもしない。

「どうせ出頭命令の件なんて口実なんでしょうけど」
息一つ乱すことなく、ヒナは続ける。

「無事収めてきたから安心なさい。これで貸し一つね」
ヒナは向かってくる一人の腕を固めたまま振り回し、もう一人に体当たりさせる。
もんどりうって船壁に激突する二人。

「麦藁をどうにかしたらいくらでも払ってやる」
むっつりとした様子でカタツムリの口が動く。

「それから・・・」
ヒナはニヤリと口の端を歪める。

「あなたの代わりに出頭した先で可愛いコにあったわよ」

「あ?」

訝しげな声を無視し、拳を繰り出しながらヒナは歌うように続ける。
「金髪、ブラックスーツでヘビィスモーカーな男のコ」

「・・・金髪・・・ブラックスーツ・・・・・・って、お前っ!!」
声が途切れた後、ガタガタと盛大な音が聞こえてきた。
椅子からでも転げ落ちたのだろうか。あの男が。
せいぜい慌ててもらおう。

「流しの料理人って本人は言ってたけど?」
しれっとした顔でそういうと、ヒナは男を固める残りは船長のみ。

「・・・・・で? どうしたんだ? そいつを」

「食べたわよ」

「あぁ?」

「料理を運んでくれたの、官舎まで。あの料理人君」
くすくすと笑いながらヒナは半ば呆然としている船長の元へと歩いていく。

「・・・・で食ったんだな」
言外の意も含め、カタツムリの口から呆れ声と溜息が零れる。

「おいしかったわよ。私好みで」
けろりとした表情のままヒナはつかつかと船長へと近づいていく。船長が一歩後じさる。

「この年増の男狂いが・・・・」
ボソリと呟いた言葉をヒナは聞き逃さなかった。

「何か言って?」
目に見えぬ相手をギリ、と睨むと何故か敵船長が怯んだように後退していく。

「・・・・で、どこに行くって言ってた? その料理人とやらは」

「さぁ、流しの男の行き先なんて聞くだけ無駄なものよ」

返ってきた返事は溜息だけだった。

「けど・・・もしいつかあなたが彼にあったら、始末する前に私の専属にならないか聞いておいてくれない?」

そこで最後の敵は身を翻し、船首へと向かう。
確実な捕縛よりも、海へと逃れる方に一縷の望みをかけたらしい。

送話器を投げ捨て、駆け出そうとした矢先。
背後から恐ろしい勢いで電伝虫が飛んでいく。思わず振り向いたヒナの目に、投げつけた格好のままの通信兵の姿が映る。

飛びながらも電伝虫はその役目を果たし続け、その口を動かす。

「・・・・ツバメにでもするつもりか?」

それがこの電伝虫の伝えた最後の言葉となった。
勢いのついた電伝虫は船長の足を直撃し、その衝撃で船長は盛大な音をたてて転がる。床に頭をしたたか打ちつけた船長はそのまま動かなくなった。

「・・・・それも悪くないわね」
ひっそりと呟き、ヒナは声を出さずに笑う。

「あ、あの・・・・」
おずおずと通信兵が声をかける。

「申し訳ございませんでしたっ! 折角楽しそうにお話されていたのに・・・・」

「・・・・楽しそう?」

「あ、え、えと、僕・・・いや、私にはそう見えたのですが」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
通信兵の返答を受けて、ヒナは顎に手をあてながら伸びている船長の元へと向かう。

やっかいごとだけを持ち込む男。
そして話せばカンにさわることばかり口にする。だからこちらは何としてもやり返そうとする。
まるで子供の喧嘩だ。
楽しそう、なるほど傍目にはそう見えるのか。

ヒナは苦笑する。
楽しいのよね、確かに。


船長を拘束して戻ってきたヒナは、ポンポンと通信兵の頭を叩く。
「隠れてるだけかと思ったらやるわね、見直したわ。ヒナ、感心」

「あなた、名前は?」

「あっ、はい。コビーです」
ビシリと本日何度目かの敬礼をする少年兵。

「そう、それでは暫くよろしく、コビー」
その頬にヒナはそっと唇を寄せる。
真っ赤なまま固まったコビーを残し、ヒナは自艦へと向かう。



突然切れた通話。

今頃スモーカーは送話器を片手に呆然としてるのかもしれない。
怒りの余り電伝虫を叩き壊したとでも思うだろうか。
まぁ、それでもいいだろう。これでやっかいな依頼をしてくる回数が減れば上々だ。
万一の場合のサンジの処遇を聞き損ねたのは少し残念な気もするが。

サンジと対面した時、スモーカーはどんな顔をするのだろうか。
それを想像するだけで暫くは楽しめそうだ。


さて、貸しはいつ返してもらおうか。




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