*については裏書庫に続きがあります。
表書庫


  罪と罰 Date: 2003-09-26 (Fri) 
何も聞こえない。

周りを取り囲む百万近い数の人間がおこす地響きも。
怒号も。
彼らの想いも、何も。

耳を見えない手で塞がれたような気がした。

自分の吐く息の音だけが頭の中に響く。
だのに、息は上手くできない。
肺が潰されたような、この妙な息苦しさは何だ?


―ナンテイッタ?―

頬を、首筋を、背を伝う汗が妙に冷たい。


―アイツハ、イマ、ナンテイッタンダ?―

この国を愛している。その気持ちは誰にも負けないつもりだった。
それは国王も同じだと。
示し方は違えど、国を愛する想いは一緒だと、そう思って戦ってきた。

だからこそこの2年、真実を求めて戦ってきたんだ。

そして、ナノハナで真実を見た。
国を、民を裏切ったのは国王だと。

だから俺は言ったんだ。
血を吐くような想いで。
"この国を終わらせよう"と。
愛していたもの全てを自ら壊すことを選んだんだ。

それが――――

"罠"だと!?

じゃあ、何の為に俺は今まで血を流してきたんだ。
それだけじゃない。自分の流した血など比較にならない程の他人の血を―

目の前が暗い。
太陽はいつものように容赦なく照りつけているというのに。


"疑うなコーサ゛"
"疑うなコーサ゛"
"疑うなコーサ゛"

心臓をじわじわと握りつぶされるような感覚。

―これが罰か。国王を、あんたを疑った俺への罰なのか―

「聞くな コーザ」

大きくはないがはっきりとした声。
その声が耳を塞いでいた"何か"を振り落とした。

「一人でも多くの国民を救え」

磔の姿でも損なわれることのない威厳。
国王。
真直ぐに見つめる瞳の中には、馬鹿な俺を責める様子は微塵も見られない。

そうだ。今は過去を悔いている場合ではない。
罰を与えられるべき時は今ではない。まずは、まずは。


―知らせなければ、知らせなければ―
爆破の事実を。
これ以上無益な血が流れないように。
一刻も早く。

夢中で走り出した途端に、衝撃が体に伝わる。
次の瞬間には地面に叩きつけられていた。


―ビビ―

焦るおもいで、押さえつけられた肩に力を入れるがピクリとも動かない。
この細い少女の何処にそんな力があるというんだ。

「戦場にはさせないっ」

毅然とした強い言葉。それはさっき聞いた国王の言葉にも似て―
沸騰していた頭の中が急に冷えた気がした。

それにしても...反乱を止めることが第一。
その考えが俺には浮かばなかった。

俺は改めてビビを見つめた。
血まみれのマントに傷だらけの手、泥だらけのその顔を。
先を見つめ、あきらめることをしない澄んだ瞳を。

それは2年前に"行方不明"になったこの国の王女の姿。
王族が影をかぎ回っていた、ヤツはそう言った。


―お前のことなのか、ビビ

 知らずにとは言え、俺が敵の手助けとも言える戦いをしていた時に
 お前は戦っていたのか。真の敵を探して、独りで

 何て大きく、強くなったんだ、お前は―


とても敵わない、そう思った。
だから俺は走った。
お前の言うとおりに、今度は反乱を止める為に。


向かってくる怒りと悲しみの波。
それらが一気に宮殿へと押し迫ってくる。
当然だ、ここまで来るまでにあまりにも多くの血と命が流れてしまった。

それを扇動したのは、他の誰でもない俺だ。

だからこれは俺が負うべき罪だ。
たとえそれが贖いきれないほど巨大なものだとしても。


そんなことを考えながら白旗を手に国王軍の先頭に立った。
つい先程までは対極の先頭に立っていたのだが。




津波のように押し寄せる濛々たる砂煙。
そして、人・人・人

―止めなければ―

「戦いは終った!!!」
喉が潰れても構わない。
あらん限りの声をふりしぼって叫んだ。

―止まってくれ、止まってくれ、頼む―

10メートル、5メートル...3メートル...


徐々に波の勢いが弱まっていく。
そして、波は止まった。
何事もなかったかのように静まる宮前広場。

止めることが、出来た。

これで無意味な戦いが終る。
あとは、真の敵を。


―ビビ、ビビ
 見てたか。これで反乱は止まる

 これで俺の罪が晴れたなんて思ってはいない
 これでお前に追いつけるとも・・・

 それでも、それでも俺は―


その瞬間。胸のあたりで何かが弾けた。

何が起こったか分からないまま目にしたのは体から噴きだす赤い血と
思わず手放してしまった白旗。

―この旗は落としちゃならない、絶対に―

その思いとは裏腹に体は動こうとしない。

―まだ、倒れるわけにはいかないんだ。
罰なら・・・反乱が止まったら幾らでも受けよう。
だけど・・・今はまだ―

国王の、チャカの、俺の、そしてビビの、願いを込めた旗。
反乱を止める唯一の武器。
その白がゆっくりと倒れていく。

その様が皮肉なくらいに目に焼きついていつまでも離れなかった。




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