*については裏書庫に続きがあります。
表書庫


  責と情 Date: 2003-09-26 (Fri) 
―知られてしまった―

彼の姿を目にした時に最初にそう思ってしまった。

知らせる為にこの国に戻ってきたのに。
貴方を、貴方達を止める為に戻ってきたのに。
この真実をもって。

一刻も早く貴方に伝えなきゃ、そう思っていたのに。
その思いがようやく叶ったというのに。

針でも打たれたように胸が痛む。
それは後悔という名の残滓なのだろうか。


何としてもこの反乱を止めること。
これ以上アイツラの好きにさせられなという思い。
私達の国を。民の血と涙と命を。

その為には避けて通れない瞬間がある。
貴方に真実を伝える瞬間。
この残酷な真実を。

反乱を止める。民の命を救う。国を守る。
王族に名を連ねる者としての、それは責務だ。
逃げるつもりなんて毛頭ない。
分かっている。分かっている、けれど。

―知って欲しくなかった―

それもまた偽り得ない気持ちの一部。
胸の痛みの出所は其処なんだろうか。

友として
幼馴染として
国を憂う同士として
そして―

一人の、ただの女として―

「ビビ!!この国の雨を奪ったのは誰なんだ!!!?」


貴方のことはよく分かっているつもり。
だから、私は自分の口で伝えたかった。
せめて、自分の言葉で。
貴方を傷つけることには変わりはないのだけれど。

「おれさ!!・・・コーザ」

私の望むことをことごとく握りつぶす男。
人の想いをその掌で弄び、
不遜にも王宮の門上で高笑いを続ける男。
憎んでも、憎みきれない・・・

私の言葉の続きを奪い、自慢げに、そして愉しげに
真実を。
その手で歪めた真実を語っていく。

身動きひとつしない貴方。
息すらしていないのではないかと半ば見当違いな心配もした。

サングラスに遮られてその瞳の色を窺い知ることはできない。
でも、想像には難くない。
そしてそれは恐らく間違ってはいないのだろう。


『貴方達は騙されていただけ』
『悪いのは貴方ではない』
『これは、貴方の所為ではない』

頭に浮かぶ言葉は皆、空虚だ。

口にしたところで、彼に届く前に霧散してしまうに違いない。


―知っているから―

貴方のことは、よく。
誰よりも人を大事にする貴方を。
そして、人の上に立つということ、それに伴う責任というものの重さ。
生来持ち合わせているのであろう貴方の責任感の強さを。

だから―

きっと―

貴方は自分を責めてしまう。
真なる敵を憎むより先に。


―何を・・・話せばいんだろう―

―何と・・・言葉をかければいいんだろう―

私には黙って門上の男を睨みつけることしか
できなかった。

「聞くなコーザ・・・!!!」

それはパパの、いや王の声。

「お前には今やれる事がある・・・・・
一人でも多くの国民を救え!!!」

それを聞いた瞬間、コーザの顔が変わった。

そして、私も冷水を浴びせられたような気がした。
そうだ、今やらねばならないことは―
コーザ一人を慰めることではない―

目の前で貫かれたチャカ一人を救うことでも。


門外に向かって走り出したコーザ。
他の何も目に入っていないかのように真直ぐに。
それは責譲故の行動。
冷静じゃない、今の彼は―

私は気づくと彼のコートの襟首を掴んで引き倒していた。


2年ぶりに触れる彼の体。
国を出る直前に砂塵の中で泣きながら抱きしめた懐かしい体。

胸についた掌が熱い。
それに、この濡れた感触は―

―血だ―

怪我をしてる。

手当てを。
それよりも、この胸にすがって泣いてしまいたい―

一瞬浮かんだ考えをすぐに打ち消す。
2年前よりは強くなってる筈。
お互いに。

だから、今は―

王女として。反乱軍のリーダーとして。

互いの責任を果たそう。

瀕死の体で時間を稼いでくれているチャカの思いを、
国の未来を、私とそしてコーザに託してくれたその思いを
無駄にしない為にも。

再び走り出したコーザを見つめながら城壁の上に立つ。

『降伏命令』を出した瞬間、国王軍がざわめき立つ。

―王兵よ、従って―

そして、門からコーザが現われた瞬間、そのざわめきが
一際大きくなる。

当然だ。反乱軍の首魁が王城から出てきたのだ。
たった一人で。

「白旗を振ってくれ!!!頼む!!!」

―従って―

ざわめきが徐々に静まる。

ガシャリ

始めはちらほらと、だがしかし、その音は徐々に大きくなっていく。
それは自分の武器を足元に置く音。

そして、城より次々と白旗が送られていく。
城にある全ての布を引き剥がして送り出す。

前線の兵士にはできるだけ高い棒と大きな布を。
後方の兵士は持っていた武器に自らのマントを裂いて括りつける。

そしてコーザがゆっくりと階段をおりていく。
最前線の兵士の更に前に段をつくり、旗を受け取る。


―あとは待つだけだ―

コーザの仲間が責め込んでくるのを。

地響きが聞こえてくる。
あれは反乱軍の、そして民衆の怒りと悲しみの音。

ここで止めなければならない音。

城壁の上から見えていた小さな点が、恐るべき勢いで
眼下に迫ってくる。
城の直前で、鬨(とき)の声があがる。
その最中。

「戦いは終わった!!!」

耳を塞ぐほどの騒乱の中においても、その叫びは不思議と耳に届いた。


反乱軍をとめること。
それは私が彼に任せたこと。

だから、今の私にはここで祈ることしかできない。
目を背けずに。

―止まって―


反乱軍の進む速度が徐々にゆるむ。
地鳴が次第に収まっていく。
王家打倒の叫び声も。

両軍対峙したまま場が凍る。

水をうった、という表現が相応しい程静まり返った広場。

コーザは反乱軍の最前線の兵士と何やら話をしているようだ。
遠くてよく分からないが争っている様子はない。

―止まった、止まった、リーダー―

思わず目を伏せて安堵の溜息をつく。

あぁ、これでやっと呼べる"リーダー"って。
昔みたいに、私達のリーダー、ねぇコーザ。

あとは民に真実を告げて、この無意味な内乱を完全に終わらせよう。

そうしたら、全てが片付いたら―
色んな話を貴方にするわ。
辛い話なんかじゃない、楽しい話を。
見たこともない位に大きな鯨の話や、恐竜の話
冬に咲いた桜の話も。

そして何より、この国の為に一緒に戦ってくれている
大事な仲間の話を。

そうして、目を開けようとしたした瞬間。
耳にしたのはもはや聞こえる筈のない、否、聞こえてはならない音。

銃声。

そして見開いたこの目に映ったのは―

ゆっくりと倒れていく白旗と―

朱に包まれゆくコーザの体―



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