*については裏書庫に続きがあります。
表書庫


  夢の合間 Date: 2004-05-11 (Tue) 


風が流れ、時が流れ、思いが流れ―
その雑多な流れの中に不意に浮かび上がるものがある。



城下の街並を見下ろせる小高い丘。
若木の梢が揺れるその下で、男はその長い四肢を投げ出すように寝転んでいる。
風は優しく頬を、髪を撫ぜていく。

傍らに置いたは開いたまま、風にあおられている。
見えない手が悪戯にページを捲っていく。
パラパラと乾いたその音は砂の弾ける音にも似て、昔の夢を男に見せる。

それは薄暗い秘密基地であったり、
雨の一滴も落とさない空の青だったり、
砂にしみついた死の気配だったり、
三年ぶりの雨と涙の味だったり、
急に目の前から消えた少女の姿だったり――――



「あぁ、こんな所にいたの?」
澄んだ声はコーザを眠りから覚ます。
重たげに開けた瞼の、ぼやけた視界に流れる水色の髪。

「ビビっ!!?」
反射的に飛び起き、コーザは少女の名を叫んだ。

「はい?」
問うように応えたのは、しかし少女ではなかった。
ビビは怪訝そうな顔でその場にふわりと腰を下ろす。
年月を経てその容姿を評する言葉は、愛らしいから美しいへと変わったが、
ふとした時に少女時代の可憐な面影を垣間見せる。

コーザは未だ風に捲られている本を閉じる。
乾いた音は止み、さわさわと揺れる緑の音へと代わる。
青々と柔らかな草に覆われた丘。
それはアラバスタが着実に前へと進んできた証。

「・・・・・・はは」
コーザは照れたように小さく笑うと、眠気を払うように顔を一撫でした。
「丁度昔の夢を見ていた」
そう言いながらコーザはビビの長い髪を片手ですくう。
「そうしたらお前が昔みたいな格好で出てきたもんだからな」
苦笑に近い笑みをコーザは浮かべる。
「どうした? 今日は」
手にした髪を引き寄せながらコーザは問いかける。
「たまにはいいでしょ? お休みだし」
思わぬところでコーザを驚かせることができたビビは、嬉しそうに笑った。



引退した王に代わって国政の表舞台に立つようになってから、ビビはその長い髪をきっちりと結い上げている。
髪を下ろしていると、どうしても歳よりも若く見られてしまうことが気に食わないらしい。
「見かけで嘗められたら頭に来るでしょ?」
とは生来の負けず嫌いの言い分である。
子供の頃から変わらぬそのもの言いに思わず吹き出したコーザをビビは睨みつけた。
「コーザはダメよ。もう髪の毛上げちゃ。老けて見えるから!!」
憮然としたコーザを見て、ビビはその時も嬉しそうに笑ったのだ。



丘の麓で、子供の歓声があがる。
一団をなした子供達が木の苗を運んでいる。
子犬のようにじゃれあい、笑う声は高らかに響き渡る。

その先頭に我が子の姿を見つけ、コーザは自然とその表情を優しくする。
自分よりも背の高い木と格闘しているその姿。

コーザの視線の先に気づき、ビビもまた笑う。
「近所の悪ガキ達が軍団を結成したそうよ」
瞳に懐かしげな色を浮かべ、ビビは続ける。
「その名も緑化団。大きな木を育てていつかそこを秘密基地にするんですって」
「・・・・秘密基地か」
いつの時代も子供というのは自分達だけの空間を必要とするらしい。
くすぐったいような思いと共に、あの時計台の埃と機械油の匂いが蘇る。

でね、とビビはコーザの方へ振り向き、可笑しそうに肩を揺らす。
「どうやらリーダーらしいの、あの子」
「・・・・・そりゃ、やっぱり―」

顔を見合わせる二人。

「あなたの血よね」
「お前の血だぞ」

真顔で互いを指差すこと暫し。
笑い出したのはどちらが先だったか。


コーザはビビを抱き寄せると、せわしなく動き回る子供達を見つめる。
その姿がかつての自分達と重なる。
恐れるものを何一つ知らず、ただ希望だけに満ちていたあの頃。
時が流れ、やがて怒りや絶望、虚無を知った。
それは越えることのできない山のようであり、渡ることのできない淵のようでもあった。

それでも歩き続けた自分達は今ここにいる。
手に、足にそして心に消えない傷を抱えながらも歩いてきた。
あの頃を懐かしむことができるくらい遠くまで。

そうやってきっとこれからも歩いていくのだろう。
自分も、そしてあの子らも。

願わくば、この穏かな日々をいつまでも。
いつか幸せな一時として思い出せるように。

コーザはビビを抱く手に力を込める。
風は緑の香りを運び、空へ高く高く舞い上がった。





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