*については裏書庫に続きがあります。
表書庫


  風懐 Date: 2003-09-26 (Fri) 


闇が雨に濡れながら広がっている。

そんな窓の外を眺めながら、机の引き出しの一番上、細い引き出しの鍵を開ける。
音もなく引き出された四角の器は、手を離すとコトリと僅かに傾く。
中には一冊の日記帳。
何の変哲もない。
細い指がゆっくりと日記帳を取り出す。
綴られているのは日常。
記録と記憶。
事実に想い。


まっさらなページにペンが入る。


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今年初めての雨が降りました。 
雨の多い時期に入ったのに中々降らないとやきもきしてたけど、これで一安心。 
信じられますか?
雨が毎年きちんと降るのです。
あれから二年程は不安定だった気候も今は大分安定してきています。
 
雨は毎年沢山の命を生んでいきます。
川の流れは土地を肥沃にし、多くの草花を芽吹かせます。
激減した人口もようやく増えてきました。
他国よりの流入者、それから新たにこの国に生を受けた者。
何より彼等が愛しくてなりません。

輪廻、というものが本当にあるのかどうかは分かりません。
でも願わくば、先の戦いで失われた命が彼等に宿っていますように、
各々の志半ばで潰えた道を今度は幸せに辿って欲しい、そう思わずにはいられません。


今も雨が降っています。
静かな雨の夜は、いつもあの日を思い出します。
雨と貴方の寝顔をいつまでも眺めていたあの日を。

随分長い間外を眺めていたようです。雨が大分弱まってきました。
この分だと明日は晴れるかもしれません。
雨があがった翌朝は街中の塵が一掃される所為か、いつもより空が眩しく見えます。

そんな時に渡っていく風が好きです。
からからに乾いた風でなく、暖かくて少し重さのある風。
優しく頭を撫でられているようで。

昔、貴方が笑いながらよくそうしたように。
笑顔の貴方が後ろにいるような、そんな気がします。

本音を言えば、振り返って誰もいないことを確認するのはまだまだ寂しいのです。
こんなことは誰にも内緒ですけどね。

それでも元気が出ます。
幸せな気持ちになります。

風のように駆け抜けた時間。
ただ行き過ぎて戻ることのない時間。

それでもあの時感じた風の感触は今もこの身に、香りは記憶に残っています。

目には見えない風、けれど吹いたその跡は至るところに刻まれています。
あるところは深く真直ぐに、あるところは柔らかい曲線で。
まるで砂紋のように美しく。
 


風もまたここに廻ってくるでしょうか。
海をくるりと渡ってひょっこり戻ってくる、最近そんな想像をしては楽しんでもいます。





風は今、どちらに吹いていますか?


                                                                     ―――― 5月5日 雨



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開いたページをそのままに窓際へ。
細く開けた窓からは雨の匂いと暖かな風。
柔らかな水色の髪は風と戯れるようにたなびき―

その向こうで風は、はらはらと日記のページを捲る。

風は、ただ示す。
まだ何も記されていない未来を。




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