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表書庫


  1.幹の話 Date: 2003-09-26 (Fri) 


いつものようにみかん畑の手入れに来たナミは、思わず我が目を疑った。
―何でまた―
昼下がりである。にも関らずゾロがいるのだ。
いや、ゾロがソコにいること自体は珍しいことではない。
木陰ができればココは惰眠を貪るには絶好のポイントなのだから。
ほっとくと奴はいつまでも大の字になっている。しかし、今は・・・
ゾロはみかんの幹にその広い背中をあずけて、腕組している。
俯いている所為で表情までは見えないが。

―寝てんのかしら、やっぱり―
ナミはゾロの前にしゃがみ込んで、その顔を見上げる。

―起きてんのよね―
ゾロの目はしっかりと開いている。
「・・・・・・・・・・」
しかし、目の前にいるナミに何の反応も見せない。
―???―
しゃがみ込んだままナミは観察を続ける。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 
身動き1つしないゾロ。眉間に深く刻まれた皺だけがときたまぴくぴくと動いている。
・・・と
「ぅわっ!!」
突然、異常に驚くゾロ。背中が幹からずれてのけ反りそうになっている。
「...て、てめぇ、いきなり出てくんじゃねぇよっ」
目をぱちくりさせるナミ。
「何言ってんのよ、結構前からここにいたわよ、私。何やってんの?あんた」
「ね、寝てたんだよ...」
目をそらすゾロ。
「ウソばっかり、目、開いてたわよ」
「ぐ・・・・・」
ゾロは何故かナミと目を合わせようとはしない。
「それとも何?あんた、目を開けて寝る技でも覚えたわけ?」
そんなナミのからかいにもゾロは応じようとはせず、握り締めている右の拳を見続けている。
そこで、ナミの女のカンが発動。
「あんた....何か隠してるわねっ」
元来隠し事に向かないのであろうこの男は、ナミの言葉にビクッと大きく体を震わせる。
ナミはゾロの目をじっと見つめる。
目が泳ぎまくっているゾロ。あさっての方向を見上げながら、口調を荒げる。
「..う、うるせぇっ、あっち行けっ、てめっ」
ムカッ。
「わーかったわよっ、行くわよっ、もう。バーカッ」
べーっと舌を出して離れかけるナミの腕を慌ててゾロは掴む。
「ま、まてナミ、ち、ちょっと待てっ...」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そのままの姿勢で固まったまま俯き続けるゾロ。
心中に何か葛藤を抱えているようだ。

・・・と、階下からサンジの怒鳴り声。
「クソ剣士っ、てめぇ、いつまでナミさんとじゃれてんだっ。いい加減にしねぇと蹴り倒すぜっ !!」
それを聞いたゾロは、ぱっとナミの腕から手をはなし...

「だーーーーっ !!」
喚きながらゾロは、緑の短髪をわしゃわしゃと両手でかきむしっている。
―な、何なの?コイツっ、寝すぎで頭ワイちゃったのかしら―
尋常ではないその様子に、ナミは思わず後ずさる。
すると、そんなナミの前に、真顔になったゾロが立ちあがる。
後ずさるナミ。詰め寄るゾロ。
そして、暫しの沈黙の後、意を決したようにナミの手首を掴んで引き寄せる。

黙ったままゾロは、ナミの手の中に「それまで右手に握っていたナニか」を押しこむ。
「何コレ?」
手の中には何か固い感触。
「何も言うなっ、何も聞くなっ、とりあえず受け取ってくれっ」
何故か渡した方のゾロがうろたえている。

―?―
開いた手の中には、小さな鍵。
「何なの?...この鍵?.」
何々、ねぇねぇと今度はナミがゾロににじり寄る。
ナミが1歩ずつ近づくごとに、ゾロの顔にじわりじわりと赤みが広がっていく。
「・・うっ...な、何も聞くなって言ってるだろうがっ」
今までに見た事がない位、顔を紅潮させているゾロ。

ゾロは指先まで真っ赤に染まった手でナミの肩を掴み、その体を引き剥がす。
「と、とにかく渡したからなっ ! なくすんじゃねぇぞ、そいつ」
真っ赤な顔のままそう言うと、ゾロはギクシャクと下へ降りて行く。
と、その姿が大音響と共にナミの視界から忽然と消える。
・・・階段を踏み外したようだ。 
「うるせぇぞっ ! クソ野郎っ !! もたもたしやがってっ」
キッチンから再びサンジの怒鳴り声。
「・・・うるせぇのはてめぇだっ、俺ァこういうのに慣れてねぇんだよっ、てめぇと違ってなァ、このラブエロコックっ」
どかどかと床を踏み鳴らしてキッチンへ向かうゾロ。
あとはお決まりのケンカだ。喚きたてる2人の言葉はもはや人の話すそれではない。

とうに慣れっこになっている喧騒をよそに、ナミは小首を傾げて鍵を見つめていた。
すっかりゾロの熱が移ってしまっている小さく温かな鍵を。





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