ハイヒール

*titled:なっちゃん



彼女の美点といえば、そりゃもう星の数ほど。
どんなに慌ただしい朝でも崩れない口紅のラインとか。
海を見つめる真摯な瞳とか。
そっけない振りをしながらもいつも俺達のことを気遣ってくれる優しさとか。

けど何よりも凄いと思うのは―
ほっそい足首のそのまた下の華奢なヒール。

大雨大風大雪にガレオン船、何でもござれのこの海で彼女が滑ったり転んだりしたのなんざ見たことない。

いつでも小気味いい足音を響かせて。
そんな姿を想像しながら煙草をふかす。

カツカツカツ。

ほら、こんな風に。
拝みたくなるほど形のいいオミアシを颯爽と交互に運んで。

カツカツカツ。
あぁ、煙の向こうに幻が見える。


「ちょっと! サンジ君っ!!」

パスッと頭を叩かれ、我に返った。
どうやら心半分夢の世界に行っていたらしい。

「西風が強くなってきたの。うねりも出てきたし、帆を・・・・・・?」
そこまで言ってナミさんは、怪訝そうに俺の瞳を覗き込む。
あぁ、そんな仕種も眩暈がするほど可愛らしい。
肺に溜まった煙を吐き出し、何とか正気を保つ。

「見惚れてました。ナミさんの歩き方、かっこいいなって」
「――?」

「凄ぇなって思って。こんな船ん中そのヒールで走り回んだもん」

なんだという表情で彼女は笑う。
その笑みが挑戦的なものに変わる。

「転ぶなんてそんなみっともないことしないわよ。踏ん張るわ。女の心意気で」

成程。心意気か。

「残念。ちょっとでもよろけたら俺がいつでも抱き止めてあげるのに」

親指で自分の胸を指しながらそう言うと、彼女は笑いをおさめる。
挑むような表情はそれはそれで凄く魅力的。
そんな顔で、彼女は俺の胸に身を寄せる。

「あとね、ヒールの便利なところ教えてあげようか?」
にやりと笑い、彼女は声を顰める。
カツ、と俺の靴の上に乗せられるヒール。

「・・・・イケナイ男がいたらいつでもお仕置きができるところよ」

― !!

鋭い痛みを予想して思わず目を閉じると、唇に柔かな感触。

やられた。
目を開ければ片手を振りながら去っていく後姿。

「今度はちゃんと踏むからね〜」


是非、と言ったら殴られるだろうか?
踏まれるより先に。


女王様にカンパイ


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