失恋

*titled:森魚サマ



後姿にも彼女が滅茶苦茶に怒っているのが分かる。
ジャヤの街で何があったのか、傷だらけの馬鹿共は何聞いても終わったの一点張りで。
淹れたてのお茶を武器に、顛末を推察できるくらいの情報を聞き出せれば上々と思っていたんだけど。


「お茶がはいりましたよ〜、ナミさんv」
ひょいと目の前に差し出してみても、彼女は視線を空へと向けたまま。

「要らないわ」

「じゃあ、こないだの綺麗な貝殻は?」

「・・・・もっと要らない」

その声は一段と低く、貝殻より綺麗な爪先はイライラのリズムを刻んでいる。
「もうホントに頭にくるったら!
手がかりどころか、この街じゃ誰も空島なんて信じてないじゃないっ!」
嵐の一因はそこか? けど―

「ナミさんこそあんなに疑ってたのに?」

「うるさいっ! 馬鹿っ!!」
振り向いた彼女の瞳を見た瞬間、失言だと気づいたがもう遅い。
焦り、苛立ち、無念の思い。

恐らくは彼女が一番に行きたがっているのだ、空の海に。
見たことの、聞いたことのない海。
その存在を知って黙っていられる筈がない。
彼女は航海士なのだから。


空いている片手で彼女の頭を引き寄せた。
「・・・・ごめん」

「・・・・大嫌いよ、あんたなんか」

「大丈夫、絶対行けるから。連れてってよ、ナミさん。そしたらお礼に旨い空島料理作るからさ」
そう言って何度か髪を撫ぜれば、肩に込められていた力がすうと抜けていくのが分かった。

「じゃあ遠慮無くこき使うわよ」

見上げる瞳は落ちついている。
なのでようやく俺も笑えた。

「あ〜、も〜マジびびった。本格的にお怒りをかったかと思ってさ」

「今日が失恋記念日?」
くすくすと笑う彼女。

「あ、それは平気。俺は貴女に恋している訳じゃないから」
「?」
きょとんとする彼女の耳元に秘密を囁く。
一瞬固まった彼女の顔が一気に赤くなる。

「馬鹿っ! やっぱり嫌いよっ!!」
俺の頬に炸裂した平手打ちの音はきっと空島まで響いたに違いない。


ま、彼女の気ばらしと、おまけにあんな照れた顔を拝ませてもらったんだから、ビンタ一発は安いもんでしょう。



愛してると言ったのです


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