サンドイッチ

*titled:えみサマ



「う〜む」
唸り声を一つあげて、サンジは冷蔵庫の扉を閉める。
閉じた扉を前に目を瞑るその仕種は何か念でも送っているかのようにも見える。

暫しの沈黙の後、かっと目を見開き、再び冷蔵庫の扉を開ける。
が、中にはもはや何もない。
ないものはない。

念じて食いものが出てくるんなら潰れるメシ屋はねぇやな。
肩を竦めるサンジに冷蔵庫は重々しくモーター音を響かせて応じた。

目の前には、卵3個、レタス半個、トマトが2個、ソーセージ4本、オレンジパプリカ1個、それに食パンが1斤。調味料の類。
これで全部。これにて打ち止め、である。

それもこれもクソゴムの所為だっつーの!
完璧な筈の食料配分はゴム鼠によってあっさりと崩された。

しかし、これで挫けては料理人の名がすたる。
夕方までには次の島に着くとナミは話していた。
彼女が着くと言ったのだから到着は間違いない。今だけしのげば・・・・

「ないなりに、作りましょうかね、昼食を」
何となく五七調で呟きながらサンジは手元でクルリと包丁を一回転させた。

使える材料がこうなのだから自ずとメニューは決まってくる。
煙草の灰を落とさないよう咥え煙草を上向かせ、サンジはパンを切りにかかった。

きっちりと均等に切り分けられたパンの山を隣に、次はトマト。
真赤なその色はルフィのシャツの色を思い起こさせ、握るその手に思わず力が入る。

このままいくとトマトジュースになっちまう。
はっと我に返ったサンジはそのトマトもスライスする。

レタスは千切って水を張ったボウルへ放り込む。
プカプカと水に沈んでは浮かぶ緑色に既視感を覚え、サンジは小首を捻る。

―!! そうだ!
今も外で寝こけてやがるクソ剣士だ!!
畜生、食えない緑生やしやがって! 今度パセリでもあの頭に植えてやろうか。
と悪態をついたところで、ふとパセリを頭に生やしたゾロを想像し、グッと呼吸を止める。

「ギャーッ、ハッハッハー!! アフロじゃねぇか、緑アフロ。アフロゾロ! ギャハー!!」

ブンブンと包丁を振り回しながら笑い転げるところでキッチンの扉が開く。

「おーい、サンジ、昼飯でき・・・・」
ドアノブに手をかけたまま、そこでウソップの動きが止まる。

サンジが―
包丁を振り回して―
泣きながら笑っている―

材料食われすぎて怒りを通り越してイっちまったか?

ヤバイ!
ウソップの危険探知メーターが危険度MAXを知らせている。

青ざめるウソップにサンジはヒーヒーと苦しい息のなか声をかける。

「よー、お前は食えるもん生やしてくれてて助かったぜ
メシのあてがなくなったら提供してくれよ、顔のウインナー」

これはヤバすぎる!!
ウソップの探知メーターの針が振り切れた。
ガッと鼻を押さえるとサンジが何か言おうとする前にその場から消えていた。

「? 何だアイツ。冗談のわかんねーヤツだな」

サンジは怪訝そうな顔で卵を取り上げる。
あー余計な時間くっちまったと、片手で卵を割りボウルに入れ、攪拌する。
バターと塩少々を足して熱したフライパンに流し入れる。

こげないように混ぜながら火を通せば、見目も鮮やかなスクランブルエッグができる。

「おー、美しい! まるで風になびく俺の髪のように!!」

ホクホクとサンジは最後の食材、オレンジパプリカに手を伸ばす。
サンジの手の中で艶やか光るオレンジ色。

あ〜まるでナミさんv
いずれ本物にも熱いこの唇を!!
チュッチュッとその表面にキスの雨を降り注ぐサンジ。

恐る恐る様子を見に戻ってきたウソップは、扉の隙間から浮かれたサンジの仕種を目にし、今度は何も言わずに立ち去った。

やや心を痛めながらもパプリカをスライスし、後は材料を挟むだけ。
色どりはもうばっちりと計算済み。
パプリカを真中にして、トマトとレタスで挟んでウインナ、スクランブルエッグ。

ここでハタリとサンジの手が止まる。
パプリカをトマトとレタスで挟む・・・・・・・・・
オレンジを赤と緑で挟む・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・ナミさんをルフィとゾロで挟む―

――!!!
いや、男としてソレだけは許せねぇ!
いやいやしかし、料理人としての色彩感覚は―
いやまていやいや―

この世の終わりでも向かえるかのような顔でサンジはその場に膝をついた。



ねぇ、と声をかけられウソップは振り向いた。
うららかな昼下がり、今日のランチはめいめいが好きな所でサンドイッチを頬張っている。

デッキチェアから身を起こしたナミは不思議そうにウソップに尋ねる。

「このサンドイッチさぁ、片っ方はやけに豪華だけどもう片方はスカスカよね」
そう言ってナミは卵とパプリカしか入っていないサンドイッチを齧る。

「サンジ君もどこ行ったか姿見えないしさぁ」

きょろきょろと辺りを見回すナミにウソップは無言で遠くを指差す。

そこには、

「・・・・煩悩に、負けた―」

ガックリと床にへたり込みながらエプロンの裾を噛み締め、さめざめと涙するサンジがいた。


日々是修行也


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