*titled:たまちよサマ
「誰が勝手に説明をしろっつった!
このクソガキっ!!」
「知ってるもん説明して何が悪ぃっつーんだ!
このクソハゲっ!!」
バラティエの厨房裏は今日も賑やかだった。
パティは向かってきたサンジの足首をむんずと掴むと逆さに吊り上げる。
まだまだ軽い少年の体は易々と浮かび上がる。
じたばたともがくサンジを見下ろして、パティは怒鳴る。
「てめぇの仕事は客に料理を出すとこまでだ!
自分の領分を越えんじゃ・・・」
パティはそこで大きく腕を振りかぶる。
「・・・ねぇっ!!」
最後の一言を掛け声にサンジを放り投げる。
高く浮いた体は空中でバランスを取り戻し、見事に着地を決める。
フーフーと肩を大きく揺らしながら、髪を逆立てんばかりの勢いでサンジはパティを睨みつける。
「てめぇのハゲ頭よりも俺の方がよっぽど正確に覚えてら!」
くりだした蹴りはパティの太い腕にめり込んだ。
「てめぇ・・・」
睨み合う二人をいつの間にやらギャラリーが囲んでいる。休憩中のコックやら、物見高くフライパンを片手に厨房から顔を出しているヤツもいる。
「やっちまぇ、パティ。その小僧の鼻っぱしらを折ってやれ!」
「サンジ、てめぇも言いてぇことがあるならアイツをのしてから言え!」
やんやと歓声が飛ぶ。
相手が誰であれ、結局皆乱闘好きばかりなのだ。
「おぅ、サシで勝負だ、クソハゲ!」
サンジの言葉に、パティの目に皮肉の色が浮かぶ。
「ガキ相手に真剣勝負じゃ笑われちまわな」
苦笑しながらパティは何事か考えている。
「じゃあ、こうだ。俺をこっから落としてみろ。どんな手を使っても構わねぇ。
それができたらテメェの言い分も聞いてやる」
「その言葉後悔すんなよ!」
ピシリと指を指すサンジをパティはせせら笑う。
「御託はいいからとっととかかってきやがれ!」
カーーン!!
誰かがフライパンを鳴らした。
サンジは間断なく蹴りを繰り出す。そのスピードには目をみはるものがあるが、所詮子供の力だ。受けるパティはビクともしない。
「ちっくしょーー!!」
渾身の力を込めた一撃も僅かに一歩後退させただけ。
逆にパティに捕まり、再び放り投げられる。今度は海に向かって。
「頭、冷やしてこい! サンジ!!」
パティのがなり声が止むのと、サンジが海中に姿を消したはほぼ同時だった。
パンパンと手をはたき、パティは縁まで歩いていく。海は凪いでいる。
海に目をやると、サンジが落ちたところだろう。海面にボコボコと大小の泡が湧いてきた。
「勝負はついたぞ、とっととあがれ!」
怒鳴れども返事はない。代わりにむなしく空をかく指が僅かに水面に見えた。
「・・・・・おい」
周囲がざわつく。
「あの野郎、溺れてんじゃねぇのか!?」
その声が終わるか終わらないかの内に、パティは海に飛び込んだ。
パティに引き上げられたサンジは咳き込みながら水を吐き出し、身を起こした。
甲板に胡座をかき、ゼイゼイと喉を鳴らしながらもパティを見上げる。
「・・・勝ち・・・だ」
「あぁ?」
聞き返すパティに、サンジは頬に水を滴らせながらニヤリと笑う。
「てめぇを・・・落として、やった・・・ぜ」
「てめぇ、まさかフカシか!?」
パティは目を見張る。
「きったねぇ手、使いやがって」
睨みつけるパティにサンジは、荒い呼吸を繰り返しながらも、子供らしからぬ不敵な笑みでもって返す。
「どんな手でも、って言ったのは・・・てめぇだろ?」
「サンジ、てめ・・・」
思わず胸ぐらに伸びた腕をカルネが止める。
カルネは何も言わず、視線でサンジの足元を示す。
細い腕がやはり細い足首を強く押さえている。
まだ痙攣の収まらない足は時折大きく震える。サンジはそれを押さえつけていた。
「・・・ったく。根性だけは一人前以上だな」
パティはしぶい顔でサンジの襟首を摘み上げ、肩に担ぐ。
「仕方ねぇ。負けは負けだ。てめぇの知識がどれほどのもんか試してやる」
ずぶ濡れのままドスドスと部屋へ向かう二人に背後から再び歓声が上がる。
「二回戦も負けんなよ、サンジー!」
「風邪ひくじゃねーぞー、おめぇら!!」
バラティエの船上、一番高いところに白い布がはためいている。
よく見れば、それは小さなトランクスとやたらにでかいトランクスだということが分かる。
外観を損ねること甚だしいそれらを、オーナーはただ苦笑するだけで黙認した。
今、ゼフは自室からそれを眺めている。
少し前まではあそこに髑髏の旗を掲げていた。
今はパンツだ。
随分変わったもんだ、ゼフは密やかに笑う。けれど誇らしく思う気持ちには何ら変わりない。
目に映る小さな白い布は青空に飛び立つかのように大きくはためいた。
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