一歩

*titled:一歩サマ



あぁ、眼福。

うっとりとサンジは一つ頷くと、手にしたトレーをそっと床に置く。
音の一つも立てないよう細心の注意を払って。
トレーの上にはティーカップとシフォンケーキが二つずつ。

サンジはその場に行儀悪くしゃがみ込む。
早くしなければ紅茶は冷めてしまうに違いない。
けれど、それよりも価値の有るものが今、目の前に。

水色とオレンジの天使がここに。

スラリとした足を折って蜜柑畑の外枠に背を預け、そして互いに持たれ合いながら眠っている。

膝の上に広げたまんまの、そしてそこらに散らばっているカタログらしき小冊子には色とりどりの服やら小物やら。
どうやら女同士の密談が行われていたらしい。

サンジはしゃがんだ姿勢のまま、じりと二人に近づく。
途中で吐き出した煙草は靴の下でひしゃげた。

甲乙つけがたい極上の美女が二人。
それでもサンジの視線は自然と一方に惹きつけられてしまう。

時折震える長い睫。
頬を包むオレンジの髪。
楽しい夢でも見ているのだろうか、優しい弧を描く唇。


手のひらに感じた柔かな感触と、甲をくすぐる髪。
思わず頬に触れてしまったことに、サンジはそこで気づいた。

うわ! 何やってんの、俺!?

サンジは目を見開き、慌ててあたりを見回す。
目に映る光景はどこにも変わったところはなく、ただ風だけが渡っていった。

梢の囀りが終わると場はまた静寂に包まれる。

サンジは片膝をつき、身を進める。
俯き加減で安らいだ顔はすぐそこにある。
苦笑はとうに消えている。

あと少し。ほんの少し。
手を伸ばすでもない距離にある唇。

その瞳に切なげな色を滲ませ、サンジは動いた。
身を引き、そっと手のひらを外す。
その口から小さな溜息が零れた。

「意外に・・・」

突然響いた軽やかな声に、サンジは驚きのあまり尻餅をつく。
腰を抜かしたように、ただ口をぱくぱくさせるサンジを前に、ビビはにっこりと微笑む。

「真面目なんですね、サンジさん」

「ビ、 ビ、ビビちゃんっ!!? い、いっ」

一体いつから、という言葉を、ビビは唇に人差指をあてる仕種で封じる。

「起きちゃいますよ、ナミさん」

グッと息を飲むサンジ。
それを見つめるビビはとても楽しげだ。

「目の前を何かが横切ってったような気がして、ちょっと目を開けたら、それサンジ
さんの腕だったんです」

そっからか、サンジは髪の毛に両手を突っ込み頭を抱える。

「ふざけてるんだったら止めようと思ったんですけど、凄く真剣な顔だったから―
けど結局何もなくて。だから、本当は真面目なんだなって」

ガバっと顔を起こし、サンジは反撃に転じる。
ビビににじり寄りその手をとる。

「ご希望なら幾らでも不真面目なところをお見せしますけど」

あっさりと払った手を口元にあて、ビビは笑いを噛み殺す。
そして、とても一国の王女とは思えない程人の悪い笑みを浮かべてみせる。
「ダメです。本気じゃないのバレバレですから」

そんな風に遊び人を気取って見せても全然説得力なんかない。
髪はぼさぼさだし。
顔は真赤なままだし。


小さく笑いながら、ビビはそっと立ち上がる。
がっくり項垂れるサンジの傍らに屈んで耳打ちを。

「私、お茶頂きますからナミさんを支える役、交代して下さいね」

苦笑しながらもサンジはいそいそとナミに肩を貸す。
トレーを手に立ち去るビビは最後にちらりと振り返る。

そこには、幸せそうに目を閉じるサンジと、ナミ。
そのナミの瞳が突然開く。

驚くビビに今度はナミが唇に人差指をあて、声を出さず唇だけを動かす。

ザ ン ネ ン ア ト イ ッ ポ

そしてウィンクを一つ。


どうにもつめが甘いらしいです


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