少数お題集


  10.そしてまた <サンジ+ルフィ> Date: 2008-03-23 


酷ェ目にあった。
なんてことは海賊になってこの方、何十遍も思った訳だから、今更新鮮味もねェとも思う。
けれど、身体のあちこちから血が流れ出る感覚に、やっぱり酷ェ目にあったと声を大にして言ってもいいんじゃねェかと、俺は考え直した。
考え直したものの、実際のところ声は出ない。出るのは間抜けな呻き声と血ばかりだ。
これだけの血を作るのに、どんだけの食い物が要ると思ってんだ。クソッたれ。

痛みを堪えて頭を上げれば、死屍累々という表現が誇張ではない光景の、その中心に麦わらが見えた。
素性も、襲ってきた理由も分からない連中の血の色で変色した地面に、俺に背を向けた格好でぺたりと腰を下ろしている。
その姿に、冷やりと冷たいものが胸の内を流れ落ちた。霞む目を何度か閉じては開けしてよく見れば、ずたぼろのルフィの肩は静かに上下を繰り返している。生きてやがったか。心底安心した自分を、俺は心底お人よしだと思う。
てめェの代わりに光り物を獲物にする連中を引き受けてやったんだ。その代わりにヤツは銃を持った野郎を相手にした訳だが。それにしたって、てめェは銃のダメージを受けねェんだから、フェアじゃあねェだろうよ。まァ、最終的には乱戦で、結果、俺もルフィも似たような有様になったが。
「なァ、サンジ」
振り返ろうとして途中で倒れこんだルフィが、横倒しになったまま、俺を見つめて名を呼んだ。
その声が妙に神妙だったもんで、本当のところを言えば、返事をするのも億劫だったが、俺はどうにか返事を絞り出した。
すると、ルフィが言う。
「腹減った。メシ」
メシ? メシって言ったか、この野郎。
見て分かんねェか? このクソ野郎。俺は身体中から血ィ流して息も絶え絶えなんだぞ。てめェだってそうじゃねェか。
作れってか、この状態で、メシを!
食うってか、この状態で、メシを!
怒鳴りつけようにも声が出ないので、俺はやむなく頭の中だけでルフィを罵倒する。
そんな俺の思いを知ってか知らずか、ルフィが俺を見て笑う。
「コックだろ? お前は俺の」
これだ。
そうだよ。幸か不幸か俺はてめェのコックだ。
どうやら俺には黙って安らかに死を迎える権利すらないらしい。
もし俺が死んだら、食い意地汚い我が船長は、墓の前で祈りもせずに腹減ったコールをし続けるに違いない。
そんな間抜けな光景を想像して、余りの可笑しさに、つい身を捩って笑ってしまい、俺は益々血を流してしまう。人のことを言えない馬鹿野郎だ。
仕方ねェ、とよろよろ立ち上がりながら、何が食いてェか聞いて見たところ、
「骨のついた肉のヤツ」
そう言ってルフィはにやりと笑った。

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