少数お題集


  09.共にいた日々 <サンジ+ゾロ> Date: 2008-03-02 


半壊の屋敷には不釣合いなほど立派なベッドで眠り続ける男を、サンジは黙って見つめていた。
モリアとの決着の後、唐突に現れたもう一人の七武海。
現れた時と同じく、唐突に男は姿を消した。その理由をサンジは知っている。

死んだように眠り続ける男。
いつ見ても不機嫌そうに顰められている眉が、直線を描いている。
開けば憎まれ口しか叩かない口は、静かに結ばれたまま動かない。
サンジは胸のポケットに手を突っ込み、くしゃくしゃになった箱から煙草を一本取り出し、火をつけた。
「馬鹿が――」
真白な煙と共に、そんな呟きが漏れた。
すると、まるでその声に反応するかのように、ゾロの眉根がピクリと動いた。
ややあって、瞼が震え、ゾロはうっすらと目を開いた。
こんな時にも悪口には、反応しやがるのか。
煙草を咥えながら苦笑を浮かべ、サンジはゾロを覗き込むように見下ろす。
「ようやく起きたか、くたばり損ない」
焦点の定まらないでいた眼差しがサンジを見とめると、ゾロはいつものようにむっつりとした顔を見せた。
「何か欲しいものあるか?」
サンジの言葉に、ゾロは唇の端を持ち上げ、掠れ気味の声で一言呟く。
「・・・酒」
「もっぺん寝るか?」
悪びれるでもないゾロに、サンジは白々とした視線を向けた。
「煙草くれ」
珍しいこともあるものだとサンジが見つめる先で、ゾロが身を起こそうとベッドに肩肘をついた。
途端、ゾロは低く呻いて身を固める。
「大丈夫かよ」
差し伸べられたサンジの手をとることなく、ゾロは唇を噛み締めながら身を起こすと、背もたれによりかかり、小さく息を吐いた。
「おらよ」
苦痛に歪んだ唇に、サンジが煙草を差し出す。それを咥えたのを見て火を近づけてやれば、ゾロはその火を煙草に移す。そうして、まるで生きているのを確かめるようにゆっくりと白く濁った息を吐き、そして喉の奥で小さくむせた。

することもなくなったサンジは壁にもたれ、ぼんやりとゾロの燻らせる紫煙を眺めていた。

気がつけば長くなっていた灰を床に落とすと、サンジが口を開いた。
「なぁ」
「・・・・・・なんだ?」
返事があったのは二呼吸ほどした後だった。
「何で身代わりなんかかってでた」
「他にやり用があったか?」
そう言ってゾロは小さく笑った。
「それに、俺達はルフィにゃでかい借りがある。違うか?」
ゾロはそれ以上を口にしなかったが、それが先の海軍大将との一騎打ちを指すのだとサンジにはすぐに分かった。
「借りっぱなしは性に合わねェ」
そう言ってゾロは話を打ち切るかのように、大きく煙を吐いた。
「・・・・柄にもねェことしやがって」
低く唸るようなサンジの口調には隠し切れない苛立ちが感じられた。
「てめェには似合わねェんだよ、身代わりなんざ」
静かに激していくサンジとは正反対に、ゾロは淡々とした表情で昇る煙を見つめている。

他に方法などなかったことは分かっている。
それでも、目の前の男が志半ばで倒れるなんてことはサンジには耐え難かった。

許せるかよ。
野望の為になら死んでも構わないと言ったその口で、身代わりなんて言うんじゃねェよ。
あん時、俺はすげェと思っちまったんだ。
鷹の目相手に最後の最後で笑ったてめェを見て。
羨ましくて、妬ましくて、自分がやけにちっぽけに思えた。
俺にそんなことを思わせた、そのお前が。
野望に死ぬなんて偉そうな口叩きやがるなら、俺を踏みつけにしてでも笑って生きやがれ。

「何であん時、俺を止めた」
ゾロはサンジの険しい顔にちらりと視線を走らせる。
「・・・知るか」
突き放すようにそう言うと、ゾロは一つ煙を吸った。
不意にその表情が皮肉げなものに変わると、ゾロはにやりと唇を歪ませる。
「大体、てめェの首なんざ持たせても意味ねェだろうが」
「あ?」
ゾロの目にからかいの色が浮かぶ。
「身代わりやりてェなら、とっととまともな手配書作ってもらうんだな」
笑い含みにそう言うと、ゾロは短くなった煙草を火のついたまま、サンジに向けて放った。
服にぶつかる直前で、サンジは飛んできた煙草を床に蹴り落とす。握った拳はぶるぶると震えていた。
「てんめェ・・・・・」

前言撤回。
誰がてめェの為に死んでやるか!

足元に落とした煙草をぐしゃぐしゃと乱暴に踏みつけ、サンジは勢いよく踵を返した。

「やっぱりてめェはとっととくたばれ! このクソマリモ!!!」

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