少数お題集


  01. 煙の向く先は <サンジ> Date: 2009-03-02 
久しぶりの寄航に、ほんの少し浮ついた気分で身支度を整え、さて下りるかと船の外に目をやれば、一足先に出ていたのだろうサンジの姿が港にあった。
どこかの商船の積荷と思われる木箱が山と積まれている。その一角に背を預け、サンジはぼんやりと煙草をふかしていた。
何とはなしにその姿を見ていると、どこから渡ってきたのか、一匹の黒猫がひらりと飛び込んできた。
サンジの右隣に重ねられた箱の一番上、サンジの頭の辺りに猫はすとんと着地した。猫に気づいたサンジが僅かに顔を上げると、猫もサンジに顔を向け、大きく伸びをし、その場に丸くなった。
咥え煙草のサンジと猫、両者は見つめ合ったまま共に動かず、猫の鼻先に立ち昇る煙だけがゆらゆらと揺れている。
猫はどういう訳か、煙を嫌がる風でもなく、じっとサンジを眺めているので、煙草の煙から焼き魚の匂いでもするようになったのかと想像して可笑しくなる。
何とも不可思議な表情で猫を見つめていたサンジが、首を一つひねると立ち位置を変えた。
猫のいる木箱の一つ向こうへ足を進める。猫に煙が向かわないように、ということらしい。
さっきまでと全く変わらない格好で、木箱にもたれ、再びサンジは旨そうに煙を吸い込む。
と、またも音もなく猫は煙の先に姿を現し、煙の向こうのサンジを見つめた。
煙草を咥えたまま、口の端を軽く持ち上げ、サンジは肩を竦める。参った、と言いたげな顔で煙草を摘むと、地面に落とし靴の裏で丁寧に火を消した。
そうして猫に向かって両手を広げると、猫は小さくニャアと鳴き、サンジの足元へと飛び降りた。
あのヘビースモーカーに煙草を止めさせるとは、大したものだ。
苦笑を浮かべたサンジが屈み込むと、猫はまるでご褒美とでも言うように、すらりとした身体をサンジの足元に擦り付ける。
いつもなら煙草を挟めている指で、サンジは猫の喉元を擽る。
されるがままの猫が余りにも気持ちよさ気な顔を見せるので、たわいもない嫉妬心を猫に感じながら船をおりた。

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