■ 02. ライターorマッチ < エースvsスモーカー > | Date: 2009-05-20 |
「こりゃァまた派手にやらかしたもんだ」
戦いの傷跡生々しい浜辺でエースは一人ごちた。
野営明けにでも襲われたのだろう。石を重ねて出来た簡単なかまどから上る煙は、息絶え絶えといった風で、この場にはとても似つかわしい。
まだ中身の無事な鍋があるらしい。
空腹を抱えたエースは、匂いを辿り、一つの鍋の前に屈み込んだ。鍋の蓋に手をかけたその時、不意に背後から声をかけられた。
「火ィ貸してくれるかい」
「マッチがいいか? それともライター?」
んなもん、と背後の男は鼻で笑う。
「てめェにゃ、どっちも不要だろうが。なァ火拳」
二つ名を呼ばれ、振り向いたエースの目に葉巻をくわえた男の不適な笑みが映った。
おや、とエースの顔に、人好きのする笑みが浮かぶ。その身に緊張は全く感じられない。
「煙の大佐殿じゃねェか」
「准将、だ。今はな」
火のついていない葉巻の先が、くいと天を向く。
「そらめでたいねェ。んじゃ、昇進して気分のいいところで今回は見逃すってことにしちゃくれねェ?」
真意の読めない飄々とした口振りのエースに、スモーカーは渋い表情を向けた。
「折角だが、その申し出は却下だ」
スモーカーが胸の前で拳を鳴らす。
「ここで手前をしとめて、もう一つ上を狙ってみるってのが正しい海兵のあり方ってもんじゃねェか?」
静かな、だが並の者なら対峙しただけで怖じ気付くような闘気を前にしても、エースの様子には何ら変わるところはない。
やれやれ、と肩を竦めると、エースは、ありありと緊張の見て取れる手近な海兵に、なァ、と気さくに声をかけた。
「この島ってアンタらの他に人って住んでんの?」
質問の意図が汲めず、瞬間、ぽかんとした表情を見せた海兵は、すぐにその顔を引き締め、固い声音をエースに返した。
「ここには我々と貴様だけだ。逃げようなどとは・・・」
そうか、と海兵の言葉途中で呟くと、エースは視線を地面へと向ける。
周囲の兵達が一様に怪訝な表情を見せる中で、たしぎはその顔色を変えた。冷やりとした戦慄を覚えたその時、エースが俯けていた顔をゆっくりと上げる。
笑みを浮かべる唇を目にした瞬間、たしぎは反射的に右手を腰に伸ばしていた。
エースのもとへたしぎは弾かれたように駆ける。抜き身の刀がぎらりと陽の光を弾いた。
斬撃は一瞬。
急制動をかけたたしぎの足元が砂煙に隠れる。斬り上げた形で制止したたしぎが唇を噛んだ。
愛刀は確かに獲物をはんだ。だが、感じた手応えは人間のものではなかった。
振り向いたたしぎの目に、エースの背が映る。
一閃の跡が、まるで陽炎のように揺らめき消えていく。周囲の空気を揺らす熱は、瞬く間に男の体全体を覆っていった。
「俺らの他に誰もいねェってんなら」
スモーカーに向けられた目は、何事もなかったかのように笑っている。
「この島一つ燃やしちまったとしても、誰にも文句言われねェって訳だ」
まるでちょっとしたイタズラを企てる子供のような口調で、楽しげに言い放つその瞳は、笑みの形を留めつつも、酷白な色味を帯びていた。
まるで力みのない動きで、エースは右の手のひらを天へ向ける。
直後、発生した恐ろしいほどの熱波に、周囲の海兵達はたまらずに、腕で顔を覆い、身を引いた。
いくつもの後ずさる音の中、その場に踏みとどまったたしぎは、顔の前にかざした腕を僅かに下げ、前方を伺う。
エースの手のひらの上で生まれた燃えさかる光球は、一秒ごとにその大きさを増していく。
その向こうに、襲いくる熱波に身じろぎ一つなく、まるで岩のように立ちはだかる上巻の姿が見えた。
その両腕の輪郭がぼやけ始め、やがて真っ白な煙へと変わる。
対峙する灼熱の赤とそれを飲み込もうとする白。
それがぶつかり会う直前、たしぎの叫び声が響き渡った。
「火拳ーーーーっっ!!!」
前方のスモーカーに意識を向けたまま、エースは背後に鋭い視線を走らせる。
たしぎの動きを映した瞳が大きく見開かれた直後。
ざばりと頭から海水を浴びせられ、エースは硬直した。
大鍋一杯に汲んだ海水をぶちまけたたしぎが肩で息をする中、島一つを飲み込まんとしていた炎の球がかききえた。
本来なら、それくらいで能力が削がれることはない。何のことはない。エースは呆気にとられたのだった。
ぺしゃりと潰れた黒髪からポタポタと滴がこぼれる。
瞬きを繰り返しながら、エースはたしぎを見、それからずぶ濡れの己を見下ろした。
その肩が小刻みに震えている。
緊張の面持ちのたしぎを前にして、エースは、くくく、とおかしそうに喉を鳴らす。
「海の水味わうなんざ、何年ぶりだァ?」
ぺろりと唇を舐めたその顔からは、宣告見せた底冷えのするような鋭さは消え失せている。
「面白ェネエちゃんだな」
振り返りスモーカーを見れば、周囲が唖然としているなか、スモーカーは苦笑を浮かべていた。
エースはぶるりと頭を振る。飛び散った水滴は音もなく砂に吸い込まれていく。
「どうにも格好つかねェし、今日はここまでだな」
にやりと笑うエースの足元から炎が生まれる。ぽつぽつと着いた火は、見る間に全身を一本の火柱へと変えた。
火柱は風に乗るようにふわりと浮き上がり、海兵達の頭上を乗り越え、岩場へと向かう。
その姿が消える直前、一筋の炎のがスモーカーへ発せられた。
「スモーカーさんっ!!?」
周囲の緊張をよそに、スモーカーはその場を引くことはなかった。
スモーカーの顔の僅かに前を炎が走っていく。
炎はスモーカーの足元に落ちていた木の枝の先端を燃やした。
昇進祝いのつもりか、"面白いもの"を見せた礼のつもりか。
葉巻をくわえた口元を笑みの形に歪めると、スモーカーは木の枝を拾い、葉巻の先端をおもむろに炎に寄せた。