少数お題集
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01.水平線の向こう <ゼフ> |
Date: 2008-03-08 |
海上レストランバラティエの朝は早い。
色々な意味で腕に覚えのある男達がどやどやと動き回る音、そこに口汚い罵り合いと馬鹿笑いが加わる。
最上階の自室でゼフは、階下の喧騒に眉を顰めながら糊の利いたコックコートに袖を通した。
ベランダへ続く扉を開けて外へと出れば、階下は輪をかけて騒がしい。開け放たれた各部屋の窓。その中に一つ、閉じられたままの窓がある。
副料理長がいなくなり、空いたその部屋を、ゼフはコック達にそっけないほどの口調で「好きに使え」と言い渡した。それでも、その部屋はまだサンジが出て行った時のまま残されている。
ゼフは誰もいない部屋のベランダにふと視線を落とした。
店が出来てすぐのことだった。げほげほと咳き込む音に下を覗き込めば、ベランダの手すりにも背の届かない餓鬼が、吸えもしない煙草を片手に海の向こうを眺めていた。
やがて、その餓鬼はひょろひょろと背ばかり伸びて、どれだけ煙草を吸ってもむせることはなくなった。
いつでもどこへでも飛び出せる癖に、上手いこと踏ん切りをつけられずにいた餓鬼は、ただここで水平線の向こうを眺め続け、その背を自分は長い間見てきた。
早いとこ出て行けと思いながらも、癪に障ることに、日々成長していく様を見るのが楽しくもあった。
今にしてみりゃ、踏ん切りをつけられないでいたのはお互い様だったのかも知れない。
今頃何していやがるか。
家を追ん出た餓鬼のことをあれこれ考えるなんざ、歳とった証拠か。
居なくなって清々した筈だってのに、気がつけば、こうして思い出しちまってる。
全く。居ても居なくても鬱陶しい餓鬼だ。
苦笑と共に暫し海の彼方を見つめ、ゼフはくるりと海に背を向けた。
カツンと音をたて、義足を踏み出す。オーナー室の扉が閉まると、ゼフの怒鳴り声が店内に響き渡った。
「店開ける準備はできたのか!!? ぐだぐだぬかしてねェで仕事しろ! ボケナス共!!」
そしてまたバラティエの一日が始まる。
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