少数お題集


  01.静寂の合間に <ナミ+ブルック> Date: 2009-07-29 


晴れてよかった。
ミカンの木の間に腰を下ろし、ナミは空を見上げた。
薄い雲に覆われた月はその光を柔らかくし、雲の切れ間からのぞく星はきらやかに夜空を彩っている。
ナミはその両手に小さな透明のグラスを抱えており、その中には火の灯ったキャンドルが入っている。凪いだ海を行く波は優しく夜の船と、グラスの中の灯火を揺らした。

今日は大事な人がいなくなった悲しい日。けれど、雨よりは晴れの方がいい。
しめっぽいのは嫌いな人だから。

仄かに暖かい手の中を見つめ、ナミはそっと微笑む。
それにしても静かな夜だ。波の音すらもあるかなしかの静けさに、ナミが目を瞑り、しばらくした頃、階下でコツコツと靴音がした。
こんな夜中に、と僅かに首を傾げ、ナミは下を覗く。
背の高い人影にシルクハット。
「何してんの、ブルック?」
「ギャァ!!?」
頭上から突然かけられた声に、ブルックは顎が外れんばかりの勢いで声にならぬ驚きの声を上げた。
フサフサのアフロからずり落ちそうになっていた帽子を押さえ、声の主を見上げたブルックは、ナミの顔を見て安心したように大きく息を吐いた。
「あぁ。吃驚したァ。オバケが出たかと思っちゃいましたよ」
情けない声を上げた骸骨を見て、ナミが吹き出す。
「吃驚し過ぎて目玉が飛び出るかと思いました。もう目玉はないんですけど」
ヨホホ、と陽気に笑うブルックがその手にバイオリンを持っていることに気づき、ナミが手招きする。
「どうしました?」
ナミの元までやってきたブルックは、バイオリンを握る手をポンと打ち付けた。
「とうとうパンツを見せてくれる気に」
「違うわ!!」
びしりと一撃を食らわせたナミは、そうじゃなくて、とすぐに瞳を柔らかくする。
「一曲、お願いしていい?」
そう言ってみかんの木の根元にナミは腰を下ろす。
「どんな曲がご希望です?」
バイオリンを構えながら、ブルックはナミに尋ねる。
そうね、とナミは手元で揺れるキャンドルの炎を見つめた。
「じゃあ、子守唄を」
「子守唄、ですか」
儚げに揺れるキャンドルに照らされたナミの顔をしばし見つめ、ブルックはおもむろに弓を持つ手を引いた。
細く高い音が夜空に吸い込まれていく。
その音を聞いたナミが弾かれたように顔を上げた。聞き覚えのあるフレーズ。それは幼い頃に聞いた―――

演奏を終えたブルックが、帽子を取って深々とお辞儀をするのをナミは大きな目で見つめる。
「どうして・・・その曲・・・・?」
「"東の海"のご出身と伺いましたもので」
優しげなブルックの声にうっかり涙が出そうになり、しゃがんでいたナミは慌てて額を膝に乗せた。
「ありがと・・・ブルック」
ナミの言葉に、ブルックはおぉ、と嬉しそうな声を上げる。
「お礼にとうとうパンツを見せて下さる気に!」
「なるか!!」
反射的に飛び上がって拳骨を食らわせたナミを見て、ブルックはヨホホ、と楽しげに笑う。
「いつもの如く強烈な!」
人の気持ちに敏い彼のことだ。きっと元気づけようとしてくれたのだろう。
「パンツは見せてあげないけど」
全く、気を使ってくれちゃって。
ナミは指先でブルックに近くに寄るように示す。
バイオリンの音が止み、波の音も薄れた刹那、ナミは思い切り背伸びをし、優しい骸骨の冷たい頬に軽くキスをした。
「ヨホ!?」
ブルックは一瞬、何が起きたか分からないといった風に固まり、次の瞬間、
「ヨホホホホー!!」
ブルックは素早くバイオリンを構えると、溢れる喜びを音に乗せる。
夜更けには余りにも場違いな賑やかな音に、あちこちから扉の開く音が聞こえてきた。
何だ、どうした、と眠そうな声で次々と甲板に現れるクルー達。
やがて、宴会か!?の一言で場は一気に盛り上がる。
予想もつかない展開に、目を丸くしていたナミとブルックは、互いに顔を見合わせて笑い出す。

何だか妙なことになった。
ベルメールさんはきっとどっかで腹を抱えて笑っているような気がする。
まぁ、いいか。
しめっぽいのは嫌いな人だから。

「今度は何か景気いい曲お願い」
笑顔のナミのリクエストに、ブルックは再びバイオリンを高く掲げた。

[前頁]  [目次]  [次頁]


- Press HTML -