少数お題集
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05.「つれていって。」 <ナミ+ルフィ> |
Date: 2009-08-14 |
村をあげてのお祭り騒ぎも、四日目の夜が明けようとする頃には流石にいつもの静けさを取り戻している。
飲みすぎたのか、騒ぎ疲れたのか、道のあちこちに転がる村人を軽快な足取りでかわし、日が昇る直前の仄かに青い空気の中を、ナミは一人で歩いた。
向かったのは、海を臨む崖。
坂道を登りきり、一気に視界が開けると、吹き抜ける風が汗ばんだ身体を優しく撫ぜていった。
眼下に広がる海は穏やかに凪いでいて、水平線の向こうでは光の塊が新しい一日の始まりを告げるべく、出番を待ちわびている。
額に滲んだ汗を手の甲で拭い、ナミは、うん、と大きく伸びをする。そのまますとんと両腕を下ろすと、右手でスカートのポケットを探った。
取り出したのは細身のシガレットケース。
蓋を開け、軽く揺すり、飛び出してきた一本を咥えたその時、背後からガサガサと草を掻き分ける音が聞こえてきた。
驚き振り向くナミの目に、どこからどう登ってきたのか、体中に葉っぱを散らせたルフィの姿が映った。
「・・・・何してんの? アンタ」
「いや、腹減って目ェ覚めてさ」
至極まっとうな問いかけに、ルフィは渋い表情を作ると首を傾げた。
「何かこっちきたら生ハムメロンがあるような気、したんだけど」
溜息をつくナミの前で、ルフィはきょろきょろと辺りを見回す。
「あれ? 何か前にも来たな。ここ」
小首を傾げたルフィは、記憶を辿りかけるも、視線をナミの口元に向けた途端、そのことは頭から消えうせた。
「煙草吸うのか? お前」
ううん、とナミは小さく首を振り、咥えていた煙草を口から外した。
「ここに居る人が好きだったの。煙草」
ナミの視線の先には、簡素な十字架がある。ルフィは見知らぬ誰かの墓を見、それからそれを見つめるナミの瞳をじっと見つめた。
「お前の知り合いか?」
その問いかけに、ナミは目を伏せる。穏やかな、けれど悲しげな表情で小さく頷く。
「どんなヤツなんだ?」
ルフィから発せられた意外な問いに、ナミは驚き、小さく笑った。
そうね、と十字架を見つめるナミの目は、どこまでも優しい。
「乱暴な人、かな」
くすくすと笑いながら、ナミは思い出を言葉に変えていく。
「口より先に手が出るような。何回拳骨もらったか」
けど、とナミは一度口を噤んだ。
「優しい人だった。世界一」
十字架を見ていたルフィは、ナミに視線を移すと、そっか、と笑った。
「お前にそっくりだな」
その言葉に、ナミは瞳を大きく見開く。
貰ったものは命だけじゃない。
まだ、繋がっているものがある。
「そっかな・・・・そうかな。そうかもね!」
震えそうになる声を隠すように一気に口にすると、ナミは慌てて煙草を咥えなおそうとした。
「貸せよ」
そう言ってルフィは、有無を言わさずにナミから煙草を取り上げる。
「アンタ! 何!?」
驚くナミの前で不器用に火をつけたルフィは、案の定、一つ煙を吸い込んだだけで、盛大に咳き込む。
「ちょっ!? 大丈夫、アンタ?」
涙目で咳き込みながら、ルフィは細く煙を上げる煙草を墓前に備えた。そうして、見たことがないほど真摯な表情で両手を合わせた。
立ち尽くすナミの前でくるりと振り向くと、ルフィはにこりと笑う。その後ろでは、ぐんぐんと昇り始めた太陽が、海の青の上に光の道を作っている。
その眩しさに目を細め、ナミは呟く。
「今ならすぐに果てまで行けそうね」
振り返り、海を見たルフィは、ますます眩しい笑顔で口を開く。
「行くだろ? 一緒に」
「つれていっ・・・」
"つれていって"と言いかけて止めた。そんなに何度も"お願い"なんてするものか。
もっと自分らしい答えがあるはず。
「つれていったげる。私が、アンタを。この道の果てまで」
「頼んだぞ。航海士」
ししし、と笑う笑顔が不意に滲んだのは、すっかりと昇った太陽が眩し過ぎるからだ、とナミはこっそり目元を拭った。
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