+裏書庫+
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立てば芍薬座れば牡丹、見えぬ姿は・・・ |
Date: 2003-09-26 (Fri) |
その物音に最初に気がついたのはチョッパーだった。
波一つ無い凪の夜の海上。
夕食をとうに済ませ、女性陣は既にシャワーを浴び、自室に戻っている。
男部屋にはゾロ、ウソップにチョッパー。
ルフィは見張り番で、先程部屋の真上(マスト)からカルーの絶叫が聞こえてきたところをみると、枕代わりにと上から引っつかまれたようだ。
キッチンの後片づけを終えたサンジが扉を開けた時、ソファに座って本を読んでいたチョッパーが顔をあげる。
人間よりはるかに鋭い聴覚を持つ彼は、ページをめくる手をピタリととめて訝しげに口を開く。
「・・・・・・何か・・・・声がする。隣から」
帽子の上でチョッパーの小さな耳がぴくぴくと小刻みに動く。
「・・・・・・・・泣いてるみたいな・・・・・・ナミ、かな?」
「んなっ! ナミさんが泣いて!?」
チョッパーの言葉に一番最初に反応を示したのはサンジで、天井の扉から一気に飛び降り、壁にぴたりと耳をつける。
パチパチと目をしばたかせたサンジの口からポトリと煙草が落ちる。
その場から動こうとしないサンジを見て、ウソップが慌てて煙草を消しに壁際へと走る。
そこで耳にした隣の声に、ウソップの喉が大きく動く。
残ったゾロとチョッパーは何となく顔を見合わせ、首を傾げつつ連れ立って壁の方へと向かう。
サンジ、ウソップの隣で聞き耳を立ててみるゾロ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
これ以上は無理、という程目を剥くゾロは、不思議そうに自分を見上げるチョッパーの耳を慌てて塞ぐ。
蜘蛛の巣にでも絡まったかのように動かない男共。
その壁越しに聞こえてくる声は―
『往生際が悪いわ、ナミさんたら』
からかうような口調のビビ。
『・・・・いゃぁ〜ん...やっぱりヤメない?ビビ?』
涙声のナミ。
『痛いのは最初だけですから・・・・・』
―イタイ?―
『・・・・・痛い?やっぱり・・・・・』
『そりゃ、無理矢理穴をあけるんですから、少しは・・・』
―穴!?―
『ちょっとだけ待って・・・・・心の準備するから・・・・』
弱々しいナミの言葉を最後に、一旦声が途切れる。
ゆっくりと壁から離れ、何となくヤンキー座りで丸くなる男達。
ゾロに耳を塞がれたままのチョッパーがその中心で所在なげにしている。
サンジがボソリと呟く。
「なぁ、アレってやっぱり・・・・・・隣で・・二人で・・・・」
それを聞いて何故かゾロがやたらと慌てる。
「バッ、バカか、てめぇっ!! どうやって女二人でやるんだよっ!!」
更に慌てたウソップがゾロの口を塞ぐ。
「バカっ!! 声、でけぇよっ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
暫しの沈黙の後、サンジが重々しく口を開く。
「いや、女同士だってヤレねぇことはねぇよ」
サンジを見つめ、ゴクリと喉を鳴らすウソップとゾロ。
それぞれの顔をちらりと見た後サンジが続ける。
「・・・要はナンカを突っ込めばいい訳だろ?
でかい街とか国だとそんな"道具"売ってるんだぜ、それによ・・・」
三人の顔が更に近づく。
「俺も見たことァねぇんだが、真ん中に男の"アレ"がついたパンツとかもあるらしいぜぇ」
―流石、大国アラバスタ―
隆々としたブツを身につけた王女が航海士を責め立てる―
トナカイの頭上で、そんなモノ凄い妄想が展開され始めた頃、再び隣から声が。
『・・・・・・やっぱり、イタイ、よね?』
『最初だけですってば!
・・・・・でも、私初めての時は辛くて一晩寝られなかった覚えが・・・』
『ビビ〜〜』
―やっぱりビビの初めてって―
無言のまま顔を見合わせる男部屋の三人。
『大丈夫ですって!!
私が初めてしたのなんて十かそこらの時ですよ』
―・・・・ルフィじゃねぇのか!・・・・しかも、早っ!!―
うっすらとした敗北感を味わいつつも、ここにルフィがいなくて良かった、と男達はそっと安堵の溜息を漏らす。
『こんなに恐がりなナミさん見るの初めて・・・・・・・・
・・・・なんか可愛いvv』
クスクス笑いながら、ビビは続ける。
『私も今はずっと同じので我慢してますけど、国にいた時はとっかえひっかえしてましたもの』
―同じのでガマン―
―哀れなヤツ―
サンジ、ゾロ、ウソップは再びルフィのことを思い、
―とっかえひっかえ―
それから目的地であるまだ見ぬ王国を思った。
―なんてオープンな国なんだ・・・・・アラバスタ―
にへら、と顔を崩す三人の男。
群を抜いて嬉しそうだったのはサンジだったが。
『ナミさんも慣れたら色々と試してみたらいいですよ』
―試す!! イロイロと!!―
ビビのその言葉に、男部屋は一気に鉄火場の如くヒートアップする。
やたらと盛り上っているサンジが早口でまくしたてる。
「長っ鼻っ!! てめぇはクニに女、いんだよな(しかも美人らしいじゃねぇかこの野郎) まずてめぇは参 加資格ナシっ!! ルフィにはビビちゃんがいるから(これ以上いい思いさせてたまるか) あいつも参 加不可っ!!チョッパーは論外だし・・・・・」
そこでゾロを睨みつけるサンジ。
びしりと指を指すと、不敵に笑い言い放つ。
「残るはてめぇか、クソ剣士っ、てめぇだけにゃぁ譲れねぇなぁ!!」
「はっ、サカッてんじゃねぇよ、エロコックっ!! 何でてめぇが仕切ってんだっ!!」
ギロリと睨みつけると、ゾロはチョッパーから手を離し、サンジに詰め寄る。
「それになっ、てめぇに譲ってもらうつもりなんてサラサラねぇよ!!」
サンジの脚がピクリと動き、それに合わせるかのようにゾロが鯉口を切る。
状況が掴めないチョッパーは呆然とし、ウソップは事の成り行きを固唾を飲んで見つめている。
一触即発のその瞬間。
『・・・じゃあ、イキますよ、いい?ナミさん・・・』
ビタッ
ビビのその言葉に勝負そっちのけで壁にへばりつく三人と、それを不思議そうに見つめるトナカイ。
『・・や・・・まだ心の準備が・・・・』
『だ〜めv』
ビビは優しくあやすように言葉を続ける。
『ん、もう、ナミさん、そんなに緊張しないでよぉ』
『ん・・・・だってぇ、やっぱり恐いもの・・・』
『あ・・・・スゴイ・・・・ナミさん・・・・・・スゴク熱くなってる・・・・・』
『・・あ・・・・ん、あんまり弄らないで・・・・くすぐったいわ・・』
『ふふふ、ナミさんの弱点、みっけ』
『・・・・バカ・・・』
甘い溜息まじりで答えるナミ。
『入れますよ・・・・』
『・・・や・・・ぁ・・・・痛っ・・・・あ、あぁぁぁ・・・』
切ない声でナミが痛みを訴えるに至って、男部屋の(というかヤモリと化している男共の)ボルテージは最高潮に達し・・・・
ドカッ!!
「ナミさんっっ!! 初めてなら俺が優しくっっっ!!!」
ガキッ!!
「待てっっ、エロコックっ!! てめぇなんかに任せておけるかぁっっ!!!」
本能の赴くままに壁板を蹴破るサンジと思わず逆上して壁を斬り倒すゾロ。
その二人を止めようとしたウソップの両手がムナシク空をきる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
サンジは右足を蹴り上げたままで、
ゾロは二刀を構えたままで。
その動きがピタリと止まる。
そしてピタリと止まったのは男共の動きだけではなく・・・・・・・
ソファの上に胡座をかいて座るナミと、その傍らに寄りそうビビ(当然の如く着衣のまま)
その右手に持つ針がまさにナミの耳たぶに刺さらんとする―その格好のまま呆然と、突然崩壊した壁と、突如湧いて出た野郎二人を見つめている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
時間さえも凍りついてしまったかのような恐ろしい沈黙の中
男部屋と女部屋をつなぐ扉が開き、中からひょっこりと姿を見せたのはチョッパー。
ナミとビビの姿を見つけると、はっ、とした顔で、とてとて走っていく。
ビビの手からひょいと針を取り上げると、しかつめ顔で話し始める。
「ビビ、ちゃんと消毒した?」
チョッパーの問いかけにぎくしゃくと頷くビビ。
それを見たチョッパーは、ソファによじ登るとナミの耳たぶにちょんちょんと触れる。
「それに、耳たぶはよく冷やしてた方が痛くないんだよ」
俺に任せてくれればいいのに―と不満顔のチョッパーの話は続く。
「でも、ホントに気をつけないと。ばい菌が入っちゃったら化膿して大変なんだから。
たかがピアスの穴でも油断・・・」
チョッパーの話が終わらないうちに再び壁際から物音が。
ドサッ
膝から崩れ落ちるサンジと
カランッ
大事な刀を取り落としてしまうゾロ。
「・・・・ピアスの・・・・」
力なく呟いたサンジの後をゾロが続ける。
「・・・・・穴・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一気に燃え尽き灰になった男共から目を離し、ゆっくりと目線を合わせるナミとビビ。
しばらくみつめあい、突然二人同時に何かに思い当たる。
その瞬間、
ビビは顔を真っ赤にして思わず俯き―
ナミは、魔女改め鬼の形相をあらわにし―
「・・・・・・こんのっっっ!! ド助平共がぁぁぁぁぁっっっっ!!!」
ドカドカッッッ!!!
そして、ナミの怒号とW拳骨の音が夜の海に響き渡った。
チョッパー談
「俺が海に出てから何回か嵐はあったけどさ。事件当夜はベタ凪だったのに、それまでで 一番の揺れだったよ。ホント、恐かったぁ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おっそいわよっ! サンジ君っ!!」
不機嫌極まりないといった感じのナミの声がサンジを打ちすえる。
場所は変わってそこはキッチン。
「は、はい只今っ!!」
ビクビクとサンジがテーブルへ料理を運んでくる。
その頭上には見事な三段コブが。
「お酒もないしっ!!」
「い、今すぐにっ!!」
慌てて酒を取りに行くサンジを見、小さく溜息をついたビビはおずおずとナミに話しかける。
「ナ、ナミさん・・・・あんまり虐めちゃ、可哀想・・・かも・・・」
くるりとビビに向きなおると、ナミはコロコロと笑う。
「い〜のよ、私達の寝床をぶち壊したんだもん、こんなもんじゃ足りない位よホントは」
す巻きにして海に放り込んでやろうかとも思ったんだけどさ、等と極上の笑顔で極悪なことを言っている。
ナミにしては、今回の沙汰は随分な温情的措置らしい。
サンジに科せられたのは、ビビへデザートを、ナミに酒の肴を、お許しがでるまで作り続けること(当然材料費は自腹で) であった。
ナミに呼ばれたチョッパーが、美女二人に挟まれてご機嫌でご相伴に預かっている頃―
共犯としてコブを一つ頭にのせたウソップはモップと雑巾を手に砲列甲板にいた。
女部屋の壁が直るまで使用することになったそこをすみからすみまで磨かされることになったのだ。
「ちくしょー、何で俺まで・・・・・」
泣きながらもキッチリ床を磨き続けるウソップに後ろから声がかかる。
「おい、コイツはどこに置くんだ?」
女部屋からの荷物の輸送を仰せつかったゾロである。
洋服のたっぷり詰まったタンスをどこに置くか迷っている。
「あぁ、その辺に・・・ってダメだっ!! そこまだ拭いてねぇ!!」
律儀なウソップの指示にしたがってタンスを下ろすゾロ。
「全く、お前らがとんでもねぇコトするからよぉ」
俺までこんな目に、と思わず愚痴るウソップにムっとしたように答える。
「仕様がねぇだろが、今更・・・・不可抗力だ、諦めろ」
そう言って、くるりと背を向けたゾロに殺気を込めた視線を送るウソップ。
―てめぇ、その三段コブ、四段にしてやろかっ!!―
思っただけで実行はしなかったが、しかし、彼の望みはこの直後叶うことになる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
女部屋に戻ったゾロはベッドを目の前に途方に暮れている。
ベッドを見つめ、次に上部の扉へと目をやる。
どう考えてもこの大きさでは扉から出ない。
目を閉じ、何事か考えるゾロ。
先程までの喧騒が嘘のような静寂のひととき。
精神集中・不動如山・無念無想―
そして、かっと目を開けると、腰をおとして刀の柄に手をかける。
まさに一閃、のその時。
「あんたっ!! 馬鹿じゃないのっ!!」
様子を見に来たナミに、後ろから思いきりどつかれる。
「この上何でベッドまで壊そうとしてんのよっっ!!」
四段目のコブを押さえてうずくまるゾロが、涙目で反論する。
「・・・だって、出せねぇじゃねぇか・・・・このままじゃ」
あまりといえばあんまりの答えにナミは一瞬気が遠くなった。
結局ウソップがベッドをバラし、ナミの監督の元、ゾロがそれを運ぶこととなった。
まずウソップが、次にナミが甲板に出、最後に流石に額に汗を滲ませ始めたゾロが大荷物とともに出てくる。
そこへ、ご機嫌取りの為に最上の酒を探し出してきたサンジが鉢合わせる。
バタンとキッチンの扉が開き、帰りの遅いナミを心配したビビとチョッパーが顔を出す。
そして―
頭上からのんびりとした声が―
「あーーー、よく寝たっ!! おっ!! お前ら何やってんだぁ?」
ルフィはくんくんと鼻を利かせ、嬉しそうに尋ねる。
「おぉっ!! すげぇイイ匂いすんなぁ! 何か作ってんのか? サンジっ!!」
意地でも答えねぇ、そんな顔でサンジはそっぽを向く。
怪訝な顔でルフィは次に、工具を片手に持つウソップとベッドを担ぐゾロを見て叫ぶ。
「あれ? 何だー? 引越しか?」
がっくりと肩を落とすウソップとゾロ。
「なぁなぁ、どうしたんだよぉ!! オモシロそうだなっ、俺も混ぜろよ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
三人の体が小刻みに震え出す。
「なぁ、どうしたんだよ〜、サンジ〜、ゾロ〜、ウソップ〜、なぁ、なあってばっ!!」
「うるせーーーーっっ!!!」
鬱憤を晴らすかのように叫ぶ男共と、堪えきれずに笑い出したナミ、ビビ、チョッパー。
こうしてナミの耳たぶの貞操は辛くも守られ、ゴーイングメリー号の一日はまた平和にその幕を閉じてゆくのだった。
終
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