+裏書庫+
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立てば芍薬座れば牡丹、見えぬ姿は・・・2 |
Date: 2003-09-26 (Fri) |
その物音に最初に気がついたのはやはりチョッパーだった。
久方ぶりに女部屋にはナミ一人・・・・となる予定が思いもかけない闖入者の登場で女部屋の住人は再び二名に。
船長が極めてあっさりと当面の仲間入りを認めたかつての敵幹部。
刑事長(部下ゼロ)役の狙撃手による連日の取り調べをマイペースで(しかも楽しそうに)かわし、
コックの熱烈なるラブコールを礼儀正しくあしらい、
仔細漏らさず、といった剣豪の用心深い眼差しを軽く受け流し、
船医と戯れつつ幾日かを過ごしていた。
そして同居人の航海士はと言えば、つかづ離れずの距離を保っていた。
多弁ではないロビンの素性にはまだ謎が多く、表も裏もあるであろうことは十分に考えられた。
それでも彼女の持つ膨大な知識はナミの向学心を大いに刺激した。
問い、答え、論じる。
その光景は勤勉な学生と女教師を思わせ、傍目には微笑ましく映った。
「女教師・・・・女学生・・・・」と呟き続けるコックには違う意味に映っているようだったが。
そんな風に当初の緊張感が大分薄まってきたある夜のことだった。
踏み台の上で精一杯伸びをしながらチョッパーは、真剣勝負といった形相で何やら煎じ薬を作っていた。
その動きがはたと止まる。
眉間に皺を(分かりづらいが)寄せ聴覚に全神経を集中していたチョッパーが重々しく口を開く。
「・・・・・・・・・・・・・・隣で・・・・・・喧嘩してるみたいだぞ」
見張りのルフィを除いて、それぞれ好き勝手なことをしていた男達の視線が部屋を仕切る壁に注がれる。
「・・・・・・・・・・・何か怒ってるみたいだ・・・・・ナミ、かな?」
「んなっ! 美女二人が喧嘩だと!!」
サンジは大慌てで壁際へとすっ飛んでくる。
「あの二人の綺麗な顔に傷でもついたら世界の損失だ!!」
すわ一大事とサンジは壁へと耳を寄せる。
次の瞬間、驚きを堪えるようにぐぃっと両手で口元を押さえるサンジ。
出口をなくした煙草の煙は耳からあがった。
尋常でないサンジの様子に男達はゾロゾロと壁際に移動し、次の瞬間ステータス異常を起こした。
状態は石化。
かろうじてチョッパーの耳を塞ぐことに成功したゾロを褒めてあげたい。
『――――は、なしてよっ!』
ヒステリックなナミの口調。
答えの代わりに、低く妖しい笑い声が微かに聞こえる。
『・・・卑怯よっ! 悪魔の実の能力をこんな風にっ』
―悪魔の実の能力?―
『今すぐ私を自由にしなさいっ!!」
―自由?―
『・・・・あんまり暴れると口も塞ぐわよ』
相対する口調はいたって冷静だ。
―口も?―
―塞ぐ!!!?―
次の瞬間ナミのわめき声がかき消える。
魂を抜かれたかのように呆然と男達はしゃがみ込む。
その真ん中でチョッパーはゾロの手を払おうと頭をふりふりしてみたが無駄だった。
ゾロの目はぼんやりと宙をさ迷っている。
残りの二人も似たようなものだったが。
サンジが意を決したように口を開く。
「何つーか、喧嘩っても痴話喧嘩みたいな雰囲気だと思わねーか?」
言ってからサンジは、認めたいよーな、認めたかねーよーな、と頭を抱えている。
「自由にしろって言ってたよな、ナミ」
ボソリとウソップが言う。
ゴクリと生唾を飲み込んで口篭もる。
ぐっと息を飲むゾロ。
「・・・・・あいつの能力ったら・・・・・」
沈黙。
ハナハナの実。
身体の好きな部位を好きなところに咲かせる能力。
好きな部位を!
好きなところに!! である。
例えば、
しなやかな腕に四肢を絡め取られ壁に磔になっているナミ。
或いは、
両手は後手に、更に両足首を固定され横たわるナミ。
いやもしかしたら!!
天井から吊り下げられるナミとか!!
―そう言えばあの女、亀に乗って現れたよな―
等と関連有るのか無いのか、妙な妄想は翼を羽ばたかせてどこまでも飛んでいく。
「そう言えばよ―」
首を傾げるゾロ。
「何かよ、前にもこんなことなかったっけか?」
その目の前の壁だけが何故か真新しい木でできている。
「ちょっと前にここを修理したような気がすんだけどよ」
「あれじゃねぇか、きっとこの前の海軍の仕業だろ」
あん時ゃ随分色々修理したじゃねぇかと、サンジは適当なことを言う。
そうか、と納得してしまうゾロもゾロだが。
「お前等知ってっか? そう言うのを"デジャヴ"っていうんだぜ」
俺って結構インテリだろ、とウソップは胸をはる。
男達は総じて忘れっぽかった。
『・・・・・少しは大人しくなったかしら?』
楽しそうな口調のロビン。
そのすぐ傍でナミが息を荒げているのが分かる。
その息使いは毛を逆立てた猫を思わせた。
『――っ、や、手ぇどけてったら!!』
『・・・・・あ...ん...そんなトコで動かないで・・・擽ったいわ』
―どんなトコだーーっ!!?―
あまりにも甘いロビンの囁きは男達を(色んな意味で)総立ちにさせる。
壁とゾロの間に挟まれる格好となったチョッパーは何かにつっかかり振り返ることもできなくなっていた。
『そんな目で見るもんじゃないわ、苛めたくなっちゃう』
意味深な言葉の後、ナミが息を飲む音が聞こえた。
『ほら、入ったわよ―』
―入った!!?―
『まだ入口なのに・・・・凄い敏感ね...でも動いちゃダメよ』
ロビンの笑い声は一層艶やかに聞こえてくる。
『どう? 人にしてもらうのって気持ちイイでしょ?』
『・・・・ん』
蕩けるような声音のナミ。
『それとも誰かにされて経験済かしら?』
くすくすとロビンはからかうように笑う。
その瞬間、壁の向こうではというと。
―誰かヤッたのか!!?―
男達は牽制しあっていた。
『でも上手じゃないとダメだから―あのコ達には無理かしら』
その瞬間、壁の向こうではというと。
―無理―
のニ文字が男達を激しくヘコませていた。
『――あ、でも任せてもよさそうなコが一人いるわね』
その瞬間、壁の向こうではというと。
―それは俺だ!!―
三人が三人とも名乗りをあげていた。
『船医さんなんて器用で巧いわよ、きっと』
その瞬間、壁の向こうではというと。
―・・・・・トナカイ以下―
人としての尊厳が危ぶまれていた。
嫉妬と羨望の混ざった微妙な視線がギリギリとチョッパーに突き刺さる。
サンジ、ウソップの視線にビビるチョッパー。
ちなみに後頭部にも痛い程の視線を感じるものの、チョッパーは今も、というか益々振りかえることができないでいた。
『・・・でも、男のコ同士でヤッてるのを想像したらちょっと笑っちゃうけど』
―・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・―
ゾロ→サンジ→ウソップ→ゾロ
視線が丁度一周したところで三人は各々の股間に目をやる。
視線は虚ろだ。
そして一斉に、
―おげぇぇぇぇぇっ―
何か良くない想像をしたらしい。
『・・・・ま、冗談はさておき。こっからがホンバンよ』
男達は悪夢を振り払うかのように壁にすがりついた。
『・・・・・・・・ん...くっ』
切ない吐息が途切れ途切れに聞こえる。
『我慢しないで声をだしていいのよ・・・・でも、動いちゃダメ』
これじゃ動けないでしょうけど、とロビンは笑う。
『―――っあぁぁっ!!』
堪えきれない悲鳴がナミの口からあがる。
『・・・・ふふ、この上の方・・・・ここイイでしょう』
ロビンは責める姿勢を止めない。
『ホラ、こんな奥まで―見せてあげましょうか?』
『・・・あ、や....そんなの見せないで』
―や、見せてくれ!!―
熱い思いで男達は拳を握る。
『ほら、出すわよ―』
『やぁ、まだ、ダメ....もうちょっと...あぁっ』
甘い吐息と含み笑い。
『ようやく素直になってきたわね―
・・・・・でも、ダメよ。やりすぎると身体に毒だもの。今日はココまで――』
言葉途中ではっと顔をあげるロビン。
得体の知れない気配を感じ、壁に目をやる。
その向こうではゾロとサンジがわなわなと身体を震わせている。
その様子を見たウソップの脳裏で危険を示すランプがぐるぐると回り出す。
―ちょっと待て―
確かに前にもこんなことがあったような。
壁の砕け散る映像が頭の中に蘇る。
砕けいく壁の向こうに立っているのは男二人。
―やべぇ―
デジャヴなんかじゃねぇ、アノ後ナミに殴られ過ぎて記憶がぶっ飛んだのか。
「おい、ゾロっ! サンジっっ!!」
慌てて二人に声をかけるウソップ。
しかし間はいつも悪く、時既に遅過ぎたのだ。
「なら続きはこの僕が―――!!!」
「待てコラ! 抜け駆けするんじゃねぇラブコックっっっ!!!」
絶叫。
そして爆音。
壁は砕け散った。
ウソップは思わず神妙な面持ちで十字をきった。
女部屋では――――
濡れ髪をタオルに包んだ航海士の頭が考古学者の膝枕に固定されていた。
当たり前のように服を着て。
四者の視線が交錯する。
永遠に続くかと思われた静寂。
「も〜〜、何なんだよ、みんな〜」
ようやく自由の身になったチョッパーは頭を左右に振りながら女部屋へと入ってくる。
「あ、ロビン! それ!!」
ロビンの手から取り上げたのは竹製の耳かき。
「ナミも注意しなきゃダメだぞ、ちゃんと乾かしてからじゃないと中耳炎になっちゃうぞ」
「・・・・・・中耳炎」
へなへなと座り込むサンジ。
更にチョッパーは駄目押しの一言を加える。
「耳掃除は!!」
「・・・・・・耳掃除」
ドサリと後ろに倒れ込むゾロ。
そんな二人を尻目にウソップはぼんやりと壁掛け時計を見ていた。
破局まで我等に許された時間はどれくらいだろう、と。
秒針がきっかり一周したところだった。
ロビンは俯いて小刻みに肩を揺らしている。
たまに漏れる声から察するに笑いを堪えているようだった。
それから更に一周。
ナミはゆっくりと起き上がり、やはり肩を揺らしている。
笑いを堪えているのではない、ということだけは確かだった。
「・・・・・・・・・・・・・・アンタたち・・・・」
悪魔も裸足で逃げ出すだろうとサンジは思った。
「一度ならず二度までも・・・・・・・・・・・・・・・」
鬼ももう少し優しい声を出すだろうとゾロは思った。
「こんのぉぉぉっ!! スケベ馬鹿ーーーーっ!!」
思わず後ずさる男達の足首をロビンの腕達が床から拘束する。
「うぉっ、馬鹿、てめぇ、離せっ!!」
「わ、ロビンちゃん後生だから見逃してっ」
「畜生、また俺もかよ〜」
三者三様、わめきながらワタワタと両腕を動かす。
その姿をロビンはもの凄く楽しそうに眺めていた。
と。
頭上からよく通る声が。
「敵襲ーーーーーっ!!」
その瞬間、ふっと足枷が消え失せる。
ルフィの声をこれほどありがたく感じたのは初めてだったろう。
脱兎の早さで三人は仲間から逃げだし、敵へと向かっていった。
好戦的で有名な麦藁海賊団の面々。
彼等が相手に謝意を抱きながら戦ったのは唯一この時だけだった。
後に歴史にそう記されるとある戦いはこんな理由により始まった、らしい。
終
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