字書きさんに100のお題
だらだらとどこまでも続く長い道を、男が二人、これまただらだらと歩いている。
「どの辺だァ、ここ」
「うるせェ、タコ!」
歩みを止め、眉を顰めたゾロのふくらはぎをサンジが罵声と共に蹴りつけた。
「てめェがバカみてェに敵追っかけてっから悪ィんだろうが!! 突進するしか脳がねェのかよ、この緑ウシ!!」
「誰が牛だ!」
「お前な。哺乳類に例えてもらっただけでもありがたいと思いやがれ。ったく・・・ナミさんのお願いじゃなかったら誰がてめェなんか追っかけてくっかよ」
「別に追って来てくれなんて頼んだ覚えはねェよ」
「かーーっ! 一人で帰れもしねェ野郎がよく言うぜ。だったらその辺で勝手に干からびてろ、このマリモ!!」
短くなった煙草を道端に吐き捨て、目の前の男の顔を思い描きながら思い切り踏み潰した後、サンジはぐしゃりと髪をかき上げた。
港での乱闘の直後、血まみれ埃まみれという酷い格好のまま、海から遥か彼方までゾロを追う羽目になったのだ。
「あー、血が乾いて気持ち悪ィ」
手の甲で頬を拭えば、乾ききった血の跡がパラパラと落ちていった。
ぶつぶつと呟くサンジを、今度はゾロが蹴り飛ばす。
「ぐだぐだうるせェ野郎だな。黙って歩け!」
「あんだァ、その言い草ァ!? このはぐれマリモ!! 蹴り倒してやっから経験値寄こしやがれ!!」
「・・・・・・何言ってんだ? てめェ?」
「俺だって分かんねェっつのっ!!」
不機嫌な顔でサンジはそっぽを向く。遥か彼方に動く影を見つけると、その目は途端に鋭さを増した。
「・・・・誰か来る」
サンジの視線を追ってみれば、ゾロの目にも自分達の方へと向かってくる荷馬車の姿が映った。
「おっ!?」
それまでの不機嫌な声音はどこへやら、突然サンジの声が二オクターブは跳ね上がった。
「しっかも、ナイスバディの美女ときた!!」
あぁ?とゾロは目を眇める。
「んな向こうにいるヤツが女かどうか、何で分かんだよ」
「なめんじゃねェぞ。俺の目は三キロ先のレディのスリーサイズも判別可能だぜ」
胸を張るサンジをじっと見、それからゾロは大きな溜息をついた。
「全くもって何の役にも立たねェ能力だな」
「睨むか寝るしか能のねェてめェの目よりゃ百万倍ましだ」
「何だと!!?」
「やんのか、オラ!!」
互いの笑みが合意の印だった。
音もなく抜かれた刀を前に、サンジはすいと右足を掲げた。
「ん?」
喧嘩が始まってからどれ程の時間が経ったろうか。何かに気づいたゾロは、刀を納めるとサンジの背後を目で示した。
「あんだよ」
振り向くサンジの目に、先程二人の方へと向かっていた荷馬車が映った。二人とは距離を置いたまま、手綱を握る女性は確かに可愛らしい顔をしていた。だが、目の前で乱闘を繰り広げていた二人を見て、女性は恐怖にか顔を引きつらせている。
「可哀想にてめェの悪人面に怯えてるじゃねェかよ。いいか。てめェは絶対来んなよ。つーか、こっちも見んな!」
一息でそう言い残すと、サンジは一直線に女性の元へと駆けて行く。
今さっきまで何やら争っていた血まみれの男が、喜色満面の顔で思い切り両手を振りながら向かってくる。
「お嬢さーーーん! 僕のお願い聞いて下さ――――――」
「イャァーーーーーーーーッ!!!!」
忙しない蹄の音、車輪の軋む音がサンジの前を通り過ぎ、そして遠ざかっていく。
もうもうと立ち上った砂煙が消えると、二人を追い越していった荷馬車の姿は遥か遠くになっていた。
呆然と立ち尽くしていたサンジは、上げたままの両手をそっと下ろす。無言のまま振り返れば、先に歩き出したゾロの背中が目に入った。
サンジに背を向けたままでゾロの両肩が小刻みに震えている。
「・・・おい」
とぼとぼと後を追うサンジの呼びかけにも応じることなく、ゾロの肩は揺れ続けている。
「・・・・・・おい」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「笑ってんじゃねェぞ、コラ!」
ゾロは振り向くと、ニヤニヤしながら口を開いた。
「予想通り、その目ァ何の役にも立たなかったな。色男」
「見ただろ?」
「あ?」
「てめェ、こっち見ただろ?」
「何言ってんだ、てめェ」
「てめェの悪人面見て逃げちまったに違いねェ!」
「見るか」
「嘘つけ」
「くだらねェ因縁つけてんじゃねェ。大体、てめェだって似たような面してんじゃねェか」
「俺ァ、てめェみたいな間抜け面じゃねェ!!」
「誰が間抜けだ!!」
「て・め・ェ・だ!!」
「何だと!!?」
「やんのか、オラ!!」
青かった空はやがて茜色に染まり、飽きることなく喧嘩を続ける二人の頭上でカラスが一声大きく鳴いた。
海までの道のりは、まだまだ遠い。
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