字書きさんに100のお題


  89.泡 <微サンナミ> Date:  
複雑な形を見せる入り江に吹き込む風は冷たかった。
「あれ? 海が白いぞ?」
寒さには耐性のあるトナカイは船縁でずっと海を眺めていたらしく、海上の変化に驚きの声をあげた。

初めて目にするものに興奮の思いを隠し切れず、チョッパーは精一杯身体を伸ばして海面を見つめる。
確かに視線の先で海はその色を変えていた。

白・白・白

柔らかそうな真白の帯が入り江を包むように埋め尽くしている。
更に近づけばその帯が小さな泡の集まりだということがわかる。

ふわふわ、ゆらゆら、と寄せては返す波に揺られながら、それでもその白は岸から離れることなくそこに在り続けた。


何がしかの変事を告げるチョッパーの声にキッチンにいたルフィとウソップがドーナツ片手に飛び出してくる。
チョッパーの指差す先を見て二人は瞳を輝かせる。
「お! 何だありゃぁ?」
「食えんのかな? あれ」
ルフィは手にしたドーナツと海の泡を交互に見つめる。
「ウソップ、網持ってこい! 網!!」
「おう!」

「食べたって美味しくないわよ、きっと」
網ですくった泡に今まさに手を伸ばそうとしたその時、はしゃぐ三人にキッチンから出てきたナミはそう忠告する。
こちらはカップを片手に、だが、カップから立ちのぼる湯気は寒風に千切られ瞬く間に宙に紛れた。
「ナミさん、何あれ?」
ナミのカップにお茶を注ぎ足しながらサンジが尋ねる。
「"波の花"よ。海の中のプランクトンの粘液が波とか岩にぶつかって石鹸みたいに泡立つの。
私も見るのは初めてよ」
そう言ってナミは笑った。

「そっかー、食えねぇのか。あの不思議泡」
泡だらけの網をルフィは残念そうな顔で見つめる。
「ちょっと待てよ。この泡も海の欠片だとしたら」
そう言ってウソップはルフィの方を向き、ニヤリと笑う。
「ルフィに塗ったらどうなるか・・・」
ギャー! よせっ!! と逃げ出そうとするルフィ。ウソップはすかさず傍らのチョッパーに指示を飛ばす。
「キャプテン・ウソップの命令だ。今すぐルフィを捕まえろ!」
「了解っ!!」
びしりと敬礼した直後、人型に変化したチョッパーはルフィに飛びかかり、その動きを止める。
「よーし、よくやったチョッパー」
不穏な笑みを浮かべるとウソップは二人に向かって網を振り上げる。
「ルフィ、覚悟!!」
慌てるルフィを見て楽しげに笑っていたチョッパーだったが、ここに来て重大な事実に思い当たる。
「危ないのは俺もだ!!」

その時、ひときわ強い風が吹いた。

振り上げた網から、そして海面から泡が一斉に宙へと舞い上がる。
真っ青な空に吸い込まれていく無数の白。

それは海から生まれた雲が空を目指して旅立つたかのようで。

皆の動きが止まる。
「・・・凄い、綺麗」
息を呑む音にサンジは隣を見る。

飛んできた泡がナミの指先に止まり、そしてまた空へと飛び立っていく。
それを見送るようにナミは空を見上げる。

自然の神秘に負けず劣らず美しい人。
サンジは密かに溜息をつく。

ナミノハナ

洒落た名前をつけやがる。そんなことを思いながらサンジは空に踊る花を見上げた。

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