字書きさんに100のお題


  92.いつかどこかで<ビビ> Date:  
ここはいつ来ても変わらない。
聖地、と冠される街並みをぼんやりと眺め、ビビは思った。

初めて来たのは十の頃。父に手をひかれ、仰ぎ見た尖塔の高さに目を回したものだった。
それから幾年。今ではビビがその尖塔に入る立場だ。国の代表として"世界会議"に出席するのはこれで二度目だ。

議事堂の傍には各国の代表に割り当てられた控え室がある。窓際でビビはうん、と両手を天井に向けて伸ばした。
「お疲れになりましたか?」
労うように笑んでお茶を運んできたイガラムに、ビビは少しね、と微笑を返した。
各国の思惑は常にバラバラの方向を向いており、議題が何であれ全会一致ということはあり得ない。
妥協と強行を組み合わせ、意見を摺り寄せていくのには多大な精神力を要する。
真直ぐに自らの思いを貫く、そんな単純なことがここでは非常に困難だった。

綺麗に磨かれたガラス窓の外にビビは再び目をやる。
青い空と青い海。
こんな風に少し疲れた時には必ず思い出す。
いまもあの青の中にいるだろう仲間のことを。
どこまでも真直ぐな彼らの生き方に元気をもらう。

そのビビの目が下方で止まった。
一階にある警備員の詰所から、海兵達がわらわらと門の外へ駆け出していく。
何かあったのだろうか。
窓を開ければ、微かに「海賊」という単語が聞き取れる。
海賊がこの時期に聖地に?
元来、世界政府のあるここは警備が厳しい。ましてや今は"世界会議"の期間中だ。
それは捕まえてくれと言わんばかりの愚挙だ。

けれど、どうしてか胸が騒いだ。
もしかして。もしかしたら。

「ペル、いる?」
「ここに」
声をかければ隣室からペルが姿を見せる。
「下の騒ぎ、聞こえた?」
「少しなら。海賊がどうとか言っているようですね」
「何だか妙に気になるの。様子を見てきてくれる?」
不安とも期待ともつかないビビの表情を見、ペルは了解の意で頭を垂れた。
再び隣室へと姿を消したペルは、次の瞬間、大きな鳥となって窓から飛び立つ。

力強く羽ばたく翼を、ビビは複雑な思いで見送った。



待つ時間とは何と長く感じるものか。出されたお茶の味もビビには分からなかった。
バサリ、と止まった羽音にビビは隣室へと駆け込む。
「ビビ様!」
ペルである鳥は勢い込んで続けた。
「急いで、こちらに。何か身を隠す布を持って! すぐに出ます!」
「お、おい、ペル」
慌てるイガラムにペルは、ニヤリと笑ってみせた。
「コブラ様にはご内密に。ビビ様、乗って下さい!」

着替えを詰めたカバンごと抱えて、ビビはペルの背に飛び乗る。
何を言えばいいのか、何を聞けばいいのか。
期待感で胸が潰れそうで言葉にならない。
ビビはペルの背で胸を押さえて、空の青を見つめていた。


やがて、人気のない建物の屋根にペルは下り立つ。
人の姿に戻ったペルは、放心しているようなビビに頭から布を被せる。
変装というにはちゃちなものだが、何もないよりはいいだろう。
ビビを抱え、狭い路地に飛び降りたペルはビビに耳打ちする。
「ここは一本道です。まもなく来ますよ、彼らが」
彼らが――
ペルの言葉でビビの鼓動が跳ね上がった。
夢ではない。夢なんかじゃない。
嬉しいのに胸が痛い。

どんな顔をすればいいのだろう。深く布を被ったままビビは俯く。
その耳に、曲がり角の向こうから大人数の足音が聞こえてくる。
怒鳴りあいながら走ってくる音だ。

「だから言ったでしょ! アンタね、自分が幾らの賞金首なのか少しは自覚しなさい!!」
「何でだよー、ビビがここに来るって教えたのお前じゃねぇかー」
「俺もビビに会いたいぞー」
「ビビちゃーん、白馬に乗った王子様が迎えに来たよぉ」
「お前が乗るのはただの馬か鹿だろ、バカコック」
「あぁ、お前等、こんな所で喧嘩すんな! ビビに会う前に捕まっちまう!!」

変わらない。何も変わってない。
皆に呼ばれる自分の名が嬉しくて誇らしくて泣けてくる。

近づいてくる。
角を曲がり、砂煙をあげて走ってくる海賊が見えた。
その先頭を走る麦藁帽子。

近づいてくる。
上手く声が出せないような気がして、ビビは大きく息を吸った。

向かってくる海賊に、ビビは両手を広げて進路を塞ぐ。
一定の距離を保ったまま、海賊達は警戒態勢をとる。
「何だ? お前」
少し低い声で訝しむ麦藁帽子に、ビビは声をかけた。
胸の震えが声に出ないように細心の注意を払って。
「匿ってあげましょうか?」
「あ?」

目深に被った布を思い切りよく捲ると、ビビは涙の浮かんだ目元を拭って晴れやかに笑った。

「お代は10億ベリーで!」

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