字書きさんに100のお題
目の前に垂れた三つ編みが息をするたびに上下に揺れる。
「アイサ!」
名を呼ばれてアイサは顔を上げる。
すらりと伸びた手足に長い髪。それは戦いが終わってから伸ばし続けている。
近づいてくる村人に向かい、アイサは笑いかける。
その笑顔には子供の頃のあどけなさが面影がとして残っていた。
「ラキ、戻ってるんだって?」
アイサの問いかけに村人もまた笑顔で頷く。
神の元で荒れた国土の復興を補佐しているラキは、なかなか村に顔を出す時間が取れない。
「今は長に報告に言ってるからじきに戻るだろうさ」
「そっか」
相槌をうつとアイサは少しの間思案するように小首を傾げる。
「じゃあ、もう少ししたらまた来るね」
そう言うとアイサは、怪訝そうな顔を見せる村人を残し、また駆け出す。
「どうした? アイサ」
尋ねる村人にアイサは振り返り、笑顔で答える。
「ワイパーも連れてくるねぇ!!」
そのまま村の外れまで真直ぐに駆けていく。
村人がその姿を見送ったところで長の住居の幕が持ち上がり、ラキが姿を見せる。
「あれ? アイサの声が聞こえてたんだけど」
「今さっきまでいたんだけどね、ワイパーを迎えに行ったよ」
それにしても、と村人は苦笑を向ける。
「アイサといったら昔はラキにひっついて離れなかったのにねぇ」
ラキは肩を竦めてみせる。
「それに昔はあんなにワイパーを怖がってたってのにねぇ」
村人とラキは顔を見合わせて意味ありげに笑った。
「やっぱりここにいた」
安置した黄金の鐘。その傍らに寝転がっていたワイパーは突然降ってきた明るい声にうるさそうに目を開けた。
「何だ?」
「ラキが戻ってるんだよ」
アイサの言葉にワイパーは気難しげな表情のまま身を起こす。
「村を出た奴のことなど知らん」
背を向けたまま吐き出された怒りともとれるその口調に、だがアイサはにっこりと笑った。
「そーんな憎まれ口叩いてるけど、ホントは寂しいんだよね」
胸の内を見透かされ、むっつりと押し黙ったワイパーにアイサは畳み掛けるように言葉を続ける。
「素直じゃないからなぁ、ワイパーは。そんなだから未だに独り身なんだよ」
くすくすと笑いながら、アイサはワイパーの背に抱きつく。
子供の頃はただ恐ろしかった。この人の怒りの気が。
けれど今なら分かる。怒りの中にも隠された感情があるということを。それは悲しみだったり照れだったり。
人の感情は簡単には類別できないことを。
「私ならワイパーが何を言っても怖くないからね」
知らぬ間にこんなにも強く、そして美しくなった少女。
ワイパーは苦笑を浮かべると、右手を伸ばし少女の頭を引き寄せた。
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