9.鏡<カリファ> | Date: |
鏡を見るのは好きではない。
出勤前、自室の鏡の前で髪を結い上げながらカリファは思った。
細かな細工が施された鏡台は、入社祝いに上司が贈って寄こしたものだった。
その中には、秘書の姿をした女がいる。
けれど。
鏡の前にいるのは自分であって自分ではない。
今まで、必要に応じて、そしてもう思い出せない程の姿を鏡の前で作ってきた。
教師の真似事もした。娼婦の真似事もした。
早ければほんの数日間だけの姿。後には何も残らない。
今回はもう少しかかりそうだ。
薄く粉をはたき、口紅を引く。
大分板についてきたかりそめの姿。
きっと今日もパウリーはスカートの丈に文句を言うだろう。
あの人は少し困ったように笑いながらそれを眺めるのだろう。
フレームの細い眼鏡をかけ、カリファは鏡を見つめる。
鏡を見るのは好きではない。
心に刻むようにカリファはもう一度思った。
その中にいるのが偽りの自分であることを間違っても忘れないように。
この地を去るときには必ずこの鏡を粉々にしていこう。
カリファは立ち上がり、鏡の中の自分に背を向けた。