字書きさんに100のお題
10.水<サンジ+ゾロ/BLテイスト> |
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「はからずも」
自分の足元にだらしなく伸びているゾロを見下ろして、サンジは楽しげに口を開いた。
「これでてめェがケダモノだっつうことが実証された訳だ」
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「何だそれ?」
よく日の当たる甲板でチョッパーが、せっせと手を動かしている。その手元を覗き込んだのはルフィだった。
小ぶりのかぼちゃのような、それにしては随分と青い見慣れぬ果実をチョッパーは一つずつ並べている。
「これか?」
「うん」
一つ頷き、それでも答えを待たずにルフィの手はその実に伸びた。ひょいと一つを摘むと、あぁ!と声を上げたチョッパーを気にもせずに噛り付いた。そして次の瞬間、
「うぇぇ」
派手に顔を顰めながらルフィは舌を出す。その顔を見て、チョッパーは、くくくと笑った。
「渋いから食うなって今言おうとしてたんだぞ」
そう言ってチョッパーはポケットの中から、すっかり乾燥して赤くなった実を幾つか取り出した。
「乾かすとこうなるんだ。お茶にしたり、酒に浸けたり」
ふぅん、とルフィは鼻をならす。今すぐ食べられないものには興味はない。けれど、その後に続いたチョッパーの一言でルフィの興味は再びその実に戻った。
「あと、燻ると肉食の獣は匂いで酔うぞ。狩りにも使えるんだ」
へぇ、とルフィは瞳を輝かせる。
「海王類にも効くかな?」
「うーん・・・・どうだろう」
「よし、試してみっか!」
首を傾げたチョッパーにルフィはニヤリと笑って見せた。
「鉄板って、これでいいのか?」
二人にせがまれ、サンジはキッチンからバーベキュー用の鉄板を甲板に置いてやる。
「サンキュー! サンジ」
ルフィとチョッパーは嬉しそうに鉄板の上に木屑を乗せ、火をつける。
やれやれ、とサンジは肩を竦め、その場に腰を下ろす。鉄板の上から火のついた木を抜き取り、咥えた煙草に火を移した。
「よっし! 投入!!」
チヨッパーが火の中にバラバラと乾燥した実を落とすと、やがて、もうもうたる煙が甲板から船尾へと向かって流れていく。
「美味そうな海王類が浮かぶといいな」
ルフィがウキウキと煙の流れる先を眺めた直後だった。ズガン!と何かが倒れた音が船尾から響いた。
駆けつけてみると、随分と大きなその音の主はゾロだった。トレーニング中だったらしく、やたらと巨大なバーベルを持ったまま、虚ろな眼差しで後ろにひっくり返っている。
海王類より先にゾロが引っかかった。
ゾロを覗き込んでいた三人は、互いに顔を見合わせると腹を抱えて笑った。
ルフィは大笑いしながら、サンジは小馬鹿にした笑みを浮かべ、それぞれが片方ずつゾロの足を持って、遠慮なく引きずりながらキッチンへと運んだ。
「酔っぱらってるみたいなものだから、寝かせとけばそのうち元に戻る・・・・・・筈」と微妙に怪しい診断を下した後、ルフィに連れられてチョッパーはキッチンを後にした。
「アチイ・・・・・」
うわ言のようにゾロは呟いて天井を仰いでいる。額に濡れタオルをあて、その下の目元は赤い。
ガタン、と椅子を動かし、サンジは行儀悪く腰をかけた。
こんな風に弱っているゾロを見ているのは、サンジにしてみれば楽しいことだった。
この野郎ときたら、いくら飲ませても潰れねェし、万年寝太郎かと思いきやちょっとした気配にも目を覚ます。
そんな男が隙だらけで目の前に寝転がっている。何と言うか、愉快だった。
「・・・・・ず」
ほんの微かな、掠れ声はすぐに空気に溶けて消えた。サンジは眉根を寄せて聞き返す。
「あ?」
ゾロの口が僅かに開く。それから浅い呼吸を二回。
「み・・・・ず・・・寄こし、やが・・・・れ」
やっとのことで言い終え、ゾロは辛そうに目を閉じた。
「あぁ、水ね。水」
へいへい、とサンジはやる気なさげに、けれどこれ見よがしにゾロの身体をまたいでシンクに向かう。コップに水を汲んできて、ゾロの頭の脇に行儀悪くしゃがみ込んだ。
「おら、水だ水」
ゾロの顔の上でサンジは水の入ったコップをひらひらと揺らして見せ、ニヤリと笑った。チャプチャプと涼しげな音をたててコップの中の水は踊る。
ゾロは目を細く開き、最初に目の上で揺れるコップを、それから心底楽しげな様子のサンジの笑顔を睨みつけた。
「コイツが欲しいのか?」
やけに芝居がかった口調でそう言うと、右頬を吊り上げ、けけけ、とサンジは笑う。
「だったらおねだりしてみろよ。『お願い、サンジ様』てな」
「・・・・・・・・・死ね」
「いいのか? オイ、んな口利いてよ」
そんな挑発にも、ゾロはサンジを一瞥しただけで、そのまま目を閉じた。
「つまんねェ野郎だな」
毒づきつつも、サンジはゾロの顔をしげしげと眺める。
そういや、こんな近くでコイツの顔を見んのは初めてかもな。
身体中熱くて仕方ないのか、時折何かを堪えるようにピクリと指先が動く。乾いた唇は、獣のような浅い呼吸を繰り返している。
どうしてか目が離せなかった。
ちょっと興味があるだけだ。
ゾロから目が離せない理由をサンジは考えている。
例えば、誰彼なく噛みつく猛獣が、目の前で全面降伏で寝転がってたら触ってみたくなるのが人情ってもんだろう。
サンジは指先でゾロの頬に触れた。その身体が酷く火照っているのが分かった。
ゾロが気だるそうに目を開ける。
「ホントにアチイな、てめェ」
どこまで熱くなるのか。それもただの興味だ。
サンジはコップの水を一口含むと、そのままゾロの唇に自分の唇を押し当てた。
瞬間、ゾロは目を見張り、僅かに身じろぎする。額からすっかり温くなったタオルが落ちた。
サンジは構うことなく、舌でゾロの唇を抉じ開け、水を流し込む。
ごくり、とゾロが喉を鳴らす音がやけに大きく聞こえた。
サンジが身を起こすと、ゾロは急に咳き込む。喉を通らなかった水が唇の端から一筋の流れを作った。
「男にキスしてやったなァ初めてだ。感謝しな」
しばらく苦しげに咳をし続けていたゾロは、やがて咳が収まるとサンジを睨めつけ、口を開いた。
「・・・・・・そ」
「あ?」
聞き取れず、サンジはゾロの口元に耳を寄せる。ゾロの口がゆっくりと動いた。
「・・・・へたくそ」
「あんだと!? てめェ!!」
ギリ、とゾロを睨み返して喚いた直後だった。動けないはずのゾロが突如、頭を起こした。
噛みつくようにサンジの唇を奪う。
波の音も、表の喧騒も全てが遠ざかったような気がした。
ただ、気が狂いそうなほどの熱だけが、そこにあった。
やがてゾロは力尽きたように、再びぐったりと床に倒れた。それでもその瞳は不敵な笑みで彩られている。
「流石、ケダモノ」
上等じゃねェか。
よく似た笑みを口元に浮かべ、サンジは乱暴にネクタイをゆるめた。
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