字書きさんに100のお題
大きな雨粒が道に水玉の模様を描き出す。
空は俄かに現れた雲に覆われ、あたりはあっという間に薄暗くなっていく。
そんな雨足と競うように走る足音が三つ。
一つは大人の、そして残りの二つは子供の足音だった。
「いやーっ、濡れるぅ!」
「ナミ! アンタが本屋でもたくたしてるから!」
咎める姉の口調にナミは口を尖らせる。
「ノジコだってその前にさんざん服見てたじゃない!」
「いいじゃないの! 見るだけならタダだもん!」
「だったら私だってっ!!」
言い合いに熱中するあまり、動かすべき足の方が疎かになってしまう。
ベルメールはそんな娘達の襟を引っ張り、叱咤する。
「口よりも足動かす! 足っ!!」
きゃあ、と歓声とも悲鳴ともつかぬ声をあげながら娘達は途端に走るスピードをあげ、目の前の坂を駆け上がっていく。
「全く・・・」
苦笑を浮かべて空に目をやると、落ちてきた滴がベルメールの額に命中した。
「あれ?」
後を追って坂を上ったはいいが、肝心の娘達の姿はない。
走る足を止めかけたベルメールの元に、道端から呼ぶ声が届いた。
「ベルメールさん、こっちこっち!!」
見れば物置小屋だろうか、畑に隣接するあばら屋の軒先で娘達が手を振っている。
空を覆う雲はますます厚みを増している。ベルメールは靴の先を娘達の居る方へと向けた。
本降りとなった雨はいよいよ勢いを増し、軒下でじっとしていても地面に跳ねかえった雨で足元がじっとりと濡れてしまう有様だった。
たまらず、今にも留め具が外れてしまいそうな古びた扉に手をかける。
小屋の内部には鍬や鍬、錆びかけた脚立等が乱雑に置かれている。
目ざとい娘達はその奥に柔らかそうな干草の山を見つけ、その中に思いきりよく飛び込んだ。
「わぁ! 温かーい!!」
「ふかふかぁ」
山の中に埋もれながら娘達は歓声をあげる。
「こら、あんまりはしゃぐんじゃないの」
嗜めるベルメールをナミが手招きする。
「ベルメールさんも来てみなよ。気持ちいいよ」
まだ雨は止む気配がない。確かにこのまま立っていても仕方がなさそうである。
ベルメールはナミとノジコの間にすとんと腰を下ろした。
日の光を吸い込んだ干草は成程、温かで気持ちが良い。
天井の隙間から入りこんだ雨は小屋の中に小さな水溜りを作り、扉の方へと流れていく。
ぼんやりとその様子を眺めていたベルメールの耳に両脇からすうすうと寝息が聞こえてきた。
子猫のように丸まって眠る二人の娘を見て、ベルメールは小さな笑みを零した。
閉じた瞼越しにも強い光を感じ、ナミは目を覚ました。
天井の隙間から射し込む陽射しはノジコの元にも届いたようだった。
身を起こせば、同じく目を覚ましたノジコがゆっくりと伸びをするのが見えた。
雨はとうに去ってしまったようで、太陽が濡れた道を乾かす時の匂いが小屋の中まで届いた。
「あれぇ? ここどこだっけ?」
寝ぼけ眼を擦りながら尋ねてくるノジコに向かい、ナミはしっ、と唇に人差指をあててみせた。
ノジコはその訳をすぐに理解した。
安らかな眠りにつくベルメール。
娘達は顔を見合わせ、声を出さずに笑った。
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