字書きさんに100のお題


  14.虹<ルフィ> Date:  

麦わら海賊団の船長は好戦的ではあるが、それと同時に友好的でもある。
初対面の相手には、例えそれが他の海賊であっても、敵意を向けられない限りは笑顔を見せたりする。
彼の中に何か感じるものがあれば、一戦交えた相手でも拘りなく肩を組んで踊ったりしてみせた。


「おい、見てみろよ!!」
見張り台から叫んだのはウソップだった。
海上に大きな虹がかかったのは、ある午後の雨上がりだった。
まだパラパラと落ちてくる雨粒はあるが、雲は一斉にその場を退き、青空を覗かせた。
夏を抜け、そろそろ秋に入ろうかとする気候海域の空は高い。
塗りなおされたばかりのような青空。そこに輪郭のはっきりとした鮮やかな虹が浮かび上がっていた。

「掴めそうな気がすんな、あの虹」
「ちょっと! 飛んでったりしないでよ」
ウキウキと子供のような笑顔で、今にも腕を伸ばしそうなルフィにナミが苦笑を向けた。
ししし、といつもの笑い声で、ルフィは目の前で右手を広げた。
指の合間に七色の橋がかかる。ルフィが拳を握り、その橋を手中に収めたその時、上空から再びウソップの声が降ってきた。
「後ろからでけェ船が来るぞぉ!!」
その声に、船壁にもたれて眠っていたゾロが目を開き、サンジはキッチンの扉から半身をのぞかせた。
「どんな船だ?」
「ち、ちょっと待て」
ゾロの問いかけに応じるウソップの声には俄かに緊張感が増した。
「・・・・帆に・・・・ジョリーロジャー! 海賊船だ。こっちに向かってくる!!」
ウソップの言葉に、ゾロはルフィをチラと見た。
「どうするよ、船長」
「・・・・どうすっかなぁ」
虹を見つめたまま、ルフィは気のない返事をした。その間にも波を割る大型船の音が近づいてくる。
やがて、その大きな影がメリー号の甲板を覆った。
「見ろよ」
メリー号の倍以上もある高い舷側から、からかう様な声が聞こえてきた。
「随分と可愛い船がいると思ったら、乗ってる面子も随分とささやかじゃねェか!」
ゲラゲラと笑う声に別の声が重なる。
「何だぁ? 間違ってグランドラインに入っちまったのか? 怪我しねェうちに帰った方がいいぜ。坊主共!」
幾重にも広がっていく哄笑を遮るようにルフィが口を開いた。
「お前ら邪魔だぞ」
決して大きくはないその声には、どうしてか場を鎮める力がある。
「折角の虹が見えねェじゃねェか」

一拍の後、相手の船がどっと沸いた。
「虹? 虹が見てェのか?」
「こいつァ、言うことも可愛いねェ!」
口々に揶揄の言葉を吐き出し、見下す者達に、ルフィはそこで初めて視線を向けた。
麦わらを被りなおし、軽く首を捻る。
「どく気ねェのか?」
尋ねたルフィの言葉を無視し、海賊達は尚も笑い続けている。

「じゃあ、沈め」

低く呟きの後、ルフィは目を細めて薄く笑った。



目の前に宝箱が五つ。
虹を遮っただけで潰された海賊を若干哀れに思いながらも、ナミは思いもかけない臨時収入に顔をほころばせた。
奪ってきた宝箱を探るその手がふいに止まる。
「ねぇ、ルフィ」
振り向いたルフィはむくれている。
大暴れして気づいた時には虹はとうに消えていたのだ。

ナミはルフィの手に光を弾く塊を落とす。
「何だコレ?」
「クリスタルガラスよ」
片手に収まる程の大きさの透明な塊をルフィは覗き込む。
「太陽に向けて回してみて」
言われるままにルフィは、クリスタルガラスを持った手を太陽に翳す。その手が動くと宙にいくつもの小さな虹が生まれた。
「虹だ!?」
驚いた顔で振り向いたルフィにナミは笑顔を向けた。
「それは普通のガラスよりもうんと屈折率が高いの。太陽の光がその中に屈折して入って、内側で反射、屈折して出て行く。その過程で光の波長を分散させてそれぞれの色を出すのよ」
ナミの説明にルフィはふんふんと深く頷く。
「つまり、不思議ガラスだな」
「簡単に言えばね」
ナミは肩を竦めて笑う。
「虹の種って訳か」
七色の光を追い、ルフィは眩しそうに目を細める。
「あら、洒落たこと言うじゃない。アンタにしては」
ししし、と笑い、ルフィは翳していた手を引き寄せ、手元のガラスを見つめる。
「だったらココに蒔いとくか!!」
制止する間もなくルフィはガラスを握り締めた手を振りかぶる。
その手から放たれたガラスは七色の軌跡を描きながら海へと吸い込まれていった。
「これで次にきた時にはでかい虹が見れるだろ?」
そう言ってルフィは虹よりも鮮やかに笑ってみせた。

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