字書きさんに100のお題
午後の強い陽射しが、ミカン畑の輪郭を強く船上に落としている。
船は錨を下ろしたまま、一定のリズムでゆったりと左右に振れる。それに合わせるように、甲板に落ちたミカン畑の影も揺れている。
目を閉じれば、耳に残る葉擦れの音が徐々に細くなり、瞼の裏で揺れる木漏れ日も眠りの中に溶けていく。
その音と光が途切れそうになった瞬間に、すぐ傍でカタリと音がした。
突然、耳に入った硬い音でどうやら目を覚ましたらしい。
目を開けたまま、俺は呆然としていた。身体の反応に思考がついていかない。
音のした方向に目を向ければ、ガラスのボウルが見えた。
水を張ったボウルの中には、たくさんの苺が揺らめいている。
そしてその後ろに、床に両膝をついた形のよい脚が。
その際どいラインを目にした途端、一気に目が覚めてしまうのが情けなくも悲しい男の性。
そこから何とか目を剥がし、視線を上に向ければオレンジ色の髪が夏の陽に煌いて。
眩しくて俺は目を細めた。
「起こしちゃった? ゴメンね」
いいえ、とんでもない。
寝てても見るのはきっとナミさんの夢だ。
そう言うと、彼女は軽く笑んで、はいはい、と返事した。
もしかして流されてる?
もう一度ボウルに目をやると、彼女は相変わらずの察しのよさで質問の前に答えをくれた。
「さっきね、ルフィとウソップが持ってきてくれたの。この島、全体が果物畑みたいだって大喜びで」
へーえ、そりゃナイスな島だ。
で、アイツラは?
「もう居ないわよ。虫捕り中なんだって。行きたかった?」
ごごごご冗談を。
「ゾロはどっか修行できるとこ探すって。チョッパーは迷子防止のお供。サンジ君も一緒に修行したかった?」
いや全く。全然。さっぱり。
「それともロビンと一緒に歴史探訪?」
「あ、それはちょっと惹かれる」
ゲッ! ここはモノローグの筈だったのに!!?
何だか、視線がもの凄く冷たいんですが・・・・・
全くもう、と言いながら彼女は俺の頭上に移動し、俺の頭をひょいと持ち上げた。
その手つきが若干、乱暴な感じがしたのは気の所為か?
頭を支えていた手が消えると、後頭部には柔らかな感触。
おぉ、これこそは男の夢とロマンの膝枕。
感動に打ち震えていると、彼女はボウルの中から苺を一つ摘み上げる。真っ赤に熟した表面から落ちる滴が綺麗だった。
細い指先がへたをとり、それから俺の口元に運んでくれる。
俺の視線は苺よりもその指先に集中して。
苺を放り、するりと逃げた指に未練を残しつつも、噛み締めればトロリと甘い汁が口いっぱいに広がった。
あまっ!!
思わず叫ぶと、彼女は笑う。明るいその声が耳に心地よい。
「虫と一緒にまた取ってきてくれるって」
頼むから虫とは分けて持って来るように。お前等。
ボウルの中に所狭しとひしめく苺に目をやる。
これだけあれば、苺のミルフィーユ、苺タルトに苺ムース。苺大福ってのも有りだな。
選り取りみどり。お好みの美味しいデザートこさえて差し上げましょう。
よっしゃ、と起き上がろうとした俺の額を彼女は人差し指で抑えた。
「今日はいいの」
?
「サンジ君、いつもこの時間昼寝なんてしてる暇ないじゃない?」
そう言って彼女はひょいと小粒の苺を摘み、自分の口に放り込んだ。
「苺はこのままで十分美味しいし、皆、今日のおやつは好きに食べるでしょ」
あぁ。もぐもぐと口を動かすナミさんは、心の底から本当に可愛らしいと思う。
「だから、今日のサンジ君のお仕事は昼寝」
そう俺に命じて、にっこり笑う女王様。逆らうことなどできやしない。
お言葉に甘えて、彼女の腿に頭を乗せたままゴロリと横を向いた。
頬に滑らかな腿が当たる。
「やだ、サンジ君。髪の毛くすぐったいよ」
そんな甘い声が聞こえてしまったので、思わずその腿に口づけた。
ペロリと舐めたその肌は苺より甘く――
「それ以上変なコトしたら放り出すわよ!」
たしなめる声に俺は首を竦めた。もうしません。
空は晴天。波は穏やか。木漏れ日は優しく、傍らには極上の果実と美女がいて。
あー、天国みてぇ。このまま眠っちまうのが惜しいくらい。
そうは思っていても、優しく髪を梳いてくれる指が、眠りの世界へと俺を導く。
瞼が閉じてしまうその前に、葉の隙間から零れる陽射しを背に、微笑む天使が見えた。
「お休み、サンジ君」
はい。お休みなさい。
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