字書きさんに100のお題


  19.カラス<ロビン+ルフィ> Date:  

肩にかけたタオルが洗い髪から零れる滴を音もなく吸い取っている。
湯を使った後の熱い靄に包まれた浴室で、ロビンは身支度を整えると、すっかり曇ってしまった鏡を拭い、手櫛で髪を軽く梳いた。
濡れた手を拭きながらロビンは浴室の鍵を開けた。するとタイミングよく取っ手が動いた。

開いた扉の向こうに、タオルを手にしたルフィの姿がある。
湯上りのロビンに遠慮する素振りも見せずに、ルフィはぺたぺたと入り込んでくる。

「ちょっと待ってね、今お湯を抜くわ」
「いいさ。そのままで」
「汚れてるわよ」
「何でだ? お前が入っただけで汚れたりしねェだろ」
ロビンの横に立つと、ルフィはその顔を見つめた。
「いつだって綺麗じゃねェか。お前は」

ルフィの言葉に、ロビンの顔から微笑が失せた。表情のないその顔は、ロビンにしては珍しく素の感情を表していた。
ロビンは驚いていたのだ。

何てこと。一回りも年下の男の子に動揺させられるなんて。

苦笑交じりの微笑をロビンはようやく浮かべ、口を開く。
「コックさん以上の口説き上手ね。アナタは」
上着を床に放り投げて、何のことかと首を傾げるルフィに、ロビンは今度は純粋な微笑を向けた。
「分からなければいいのよ」
「ふぅん」
もう一度首を傾げ、ルフィはズボンを脱ぐべく手をかける。
「そろそろ遠慮した方がいいかしら?」
ロビンの問い掛けに答える前に、ルフィは気前よく全裸になり、ざぶりと湯の中に片足を突っ込んだ。
「構わねェよ」
ししし、と笑ってルフィはロビンの方へ身を捩る。
「減るもんじゃなし」

確かに。

「多少なら減っても問題なさそうね」
含みのあるロビンの物言いにルフィは視線を下に落とし、それから大いに笑った。


ざぶり、とルフィは一気に頭まで浸かった。湯の中に姿が消え、表面に浮いた泡がゆらゆらと揺れた。
ルフィはすぐに顔を出す。両手で顔を拭い、そのまま髪をかきあげた。
「いい匂いすんな」
湯の表面に鼻を近づけて、ふんふんと匂いを嗅いでいる。
「お前の匂いだ」
嬉しそうに報告してくる笑顔をロビンは、隣の便座を椅子代わりに腰掛け静かな微笑で見つめた。

自分に関する何かを他人に触れさせることを嫌悪していた。直接的にも間接的にも。例えそれが使い終わった風呂の水で、もはや自分には何の影響もないというのが分かっていても虫唾が走る思いがしたろう。
それが今や。

身体を洗い流した泡をすくってルフィが遊んでいる。
そんな様を笑って見ているなんて。


ましてや、何かをしてあげたいと思うようになるなんて。

「頭を洗ってあげましょうか?」
頭から垂れてきた泡が邪魔らしく、腕で額を拭ったルフィにロビンは声をかけた。
ああ、とルフィは答え、両腕を浴槽の縁にかけてその上に顎を乗せた。

ロビンは座ったまま動かない。軽く目を閉じると、浴槽の縁や内側から音もなく幾本の腕が伸び、まるで花が咲くようにすらりした指が開いた。
その内の一つがロビン愛用のシャンプーのボトルを掴み、別な手のひらによい香りのする液を垂らす。その手がルフィの頭をさらりと撫ぜた。

ひやりとした感触にルフィは目を閉じる。
かしゃかしゃと音をたて、柔らかな指先が頭皮を揉むように動いていく。ルフィは気持ちよさ気に目を閉じたままだ。

「あー、イイー」
弛緩したような声をルフィがあげる。
「コイツはいいな。俺、あんまり頭洗うの好きじゃねェけど」
「あら、どうして?」
「洗ったあと邪魔になんだ。髪が」

なるほど。
傍から見ていると硬そうな髪質に思えたが、こうして触れてみるといっそ頼りないほど柔らかさで指に絡んでくる。
乾いたらさぞやサラサラとなびくだろう。


カタン、と便座が音をたてた。
ロビンが立ち上がり、ルフィの前に屈みこんだ。
尚も目を閉じたままの顔をロビンはまじまじと見つめる。
瞼の下の傷跡の一つ一つまで、こんなにじっくりと眺めたのは初めてだった。
髪を洗っていた幾つもの手が消え、代わりにロビンは自分自身の手でルフィの髪を撫ぜた。


濡れ羽色の髪。
そう遠くない未来、海に生きる女達がその髪の一筋にでも触れたいと乞い願う、そんな存在にこの少年はなるのかも知れない。


今、その全てが手の内にある。
ほんの一時。けれどそれで十分。
未来というものを過信していないロビンは、そんなことを考えて小さく笑った。

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