字書きさんに100のお題


  22.四面楚歌<ゾロナミ> Date:  

囲を畑に囲まれたなだらかな道をやってくる人影が二つ。
「んもう、思ったより遠いじゃない」
口を尖らせて不平を零すナミに、ゾロは沈黙で応じた。
「おまけに休むとこの一つもないし」
ゾロはただ、黙って歩き続ける。
「本当にこの先に、そんな有名な人がいるのかしら?」


久方ぶりに停泊したのは、これぞ田舎、といった感じの牧歌的な島だった。
さしてすることも、見るものもなさそうで、この先に入用なものを見繕えば、後はただ大人しくログがたまるのを待つだけかと思われた。
しかし、やはりそんな島にも何がしか有名なものがあるもので、ここの場合は有名なのは"人"であった。

名のある研ぎ師がいるという。
それを聞いてゾロが黙っている訳がない。
どんなに心を砕いても、刀の手入れに関しては本職には及ばない。
グランドラインでの航海は先が読めない。手入れはできる時にしておくべきである。
ゾロはおもむろに刀を掴むと、船を後にした。


「本当に何にもないとこよねぇ」
ひたすら続く田園風景。
その中に何かを見つけたらしく、つま先立ったナミは、あ、と声をあげた。
「あそこに人がいる」
見れば、脇の畑に鍬を持った持った男が、おそらく休んでいるのだろう、ポツンと立っている。
ちょっと聞いてくる、と言い残し、ナミは小走りに男の元へと向かった。
男に近づいたナミは、笑顔で男と何事か話している。
やがて、相変わらずの要領のよさで水やら菓子やらを貰って勝手に一息ついている。
ゾロが着いたときには、何を話していたのか、道端に楽しそうな笑い声が響いていた。
「おい、道はここでいいのかよ?」
ゾロの声が割って入ると、思い出したようにナミは男に尋ねた。
「そうそう、この島に腕のいい研ぎ師がいるって聞いてたんだけど」
そう言うと、途端に男の人のよさげな顔が曇った。
「お前さん達、この先に向かおうってのかい?」
「そうよ、やっぱりこの先でいいのね」
ナミが笑顔で応じると、男はゾロの腰に下げた刀に目をやり、更に渋い顔をする。
「悪いことは言わねぇ。この先には行かん方がいい」
首を傾げたナミと、眉を潜めたゾロを交互に見やって、男は事情を話した。

確かにこの先に、高名な研ぎ師はいる。ただし、居るのは研ぎ師だけではない、持ち込まれる刀を狙う山賊もこの先を縄張りにしているのだ、と。

「だからこの先で畑も仕舞いだ」
男はそう言って道の先を指差す。
確かに綺麗に整地された畑は指の先で終わっていて、その先は道の両端を背の高い草が埋め尽くしている。
「兄さんはいっぱしの剣士のようだが、姉さんと二人じゃこの先は生きて通れねぇよ」
心配そうに見つめる男に、ゾロは悠然と笑ってみせる。
「問題ねぇよ。むしろ楽しみが増えたってもんだ」
「は?」
唖然とする男にゾロは尋ねる。
「ちょいと聞くが、そいつらには賞金がかかってたりするか?」
「・・・あぁ、賞金なら村でかけとるよ。あいつ等が居なくなれば人の出入りは増えるからな・・・まさかお前さん・・・」
それを聞くとゾロは嬉しそうに笑って、それからナミに目をやる。
「聞いての通りだ。これで手入れに金がかけられる」
嬉々として歩き出したゾロの腹巻をナミは背後から掴む。
「・・・んだよ!?」
自慢の腹巻を伸ばされ、忌々しげにゾロは振り返る。
「行きたくねぇんなら、ここでそのオヤジとでも待ってろ!!」
山賊も怖気づくに違いない強面で睨まれてもナミは平然としている。そして一言。
「そっちは帰り道」


気勢を削がれたゾロが憮然とした顔で歩いている。
その半歩後ろをナミが歩く。あたりが草原に変わって暫く経つ。

「さっきの所からも結構歩いたわよねぇ」
「・・・・」
「失敗したなぁ。飲み物もっと貰っとくんだったわ」
「・・・・・」
ナミの言葉にも表情を変えることなく、むしろ意図して無表情を決め込んでいるに違いないゾロ。知ってか知らずか、ナミは尚も口を開く。
「疲れたなぁ。ねぇ、ゾロ、おんぶ!」
黙々と歩くゾロに、ナミはおんぶ! おんぶ!とコールを続ける。
「・・・・・・・・うるせえっつの! だったら最初から来なきゃよかったろうが!」
我慢も限界を突破したのか、とうとうゾロは身を翻し怒鳴った。
その背後で道端の茂みが大きく揺れた。

「何よ、人が親切でついて来てあげたのに!」
青々と茂った草の合間から続々と人相の悪い男たちが出てくる。山賊だ。

しかし、二人にはその姿は全く目に入っていない。
「そいつは、どうも。もう迷わねぇから帰ってもいいぜ」
「いーえ、アンタは絶対に迷います!」
山賊達が言い合いを続けるゾロとナミの間をすっかり囲んでしまうと、頭といった風の男が口を開く。
「おい、お前ら!」

ナミの決め付けに、ゾロは大声で反論する。
「一本道で迷うかっ!!」
「さっき迷いかけたじゃないのよ! この迷子っ!!」
まるっきり無視された格好になった頭は、一つ咳払いをすると更にドスをきかせた声をあげる。
「よくもたった二人で俺の縄張りに入り込んだもんだ」

迷子という言葉に相変わらず過敏に反応するゾロ。
「迷子って言うんじゃねぇ!」
「自覚がないなら何回だって言ってやるわよ、この迷子迷子迷子!!」
山賊たちは銘々武器を掲げたままの姿勢で、困ったように頭に目をやる。

「・・・・とりあえず、人の話を聞け! お前等ぁっ!!」
広い野原に頭の絶叫が響き、ようやく二人は周囲の変化に気がついた。

「何だお前等?」
脅しをかけるように、ゾロは低く唸る。
その問いに答えたのは隣のナミだった。
「どう見たって山賊じゃない。さっきの話もう忘れたの? 鳥頭」
てめぇ、とゾロは再びナミに向き直る。
「鳥頭とは何だ、鳥頭とは!」
「鳥頭がいやなら、マリモ頭」
「余計悪いわっ!」

ここまできて、またも無視されることとなった頭は、二人の前で身を震わせて屈辱に耐えている。
怒り心頭、といった風で手にした刀を振り上げ、頭は一喝する。
「痴話喧嘩だったら後でやれ、後でっ!!!」
「どこが痴話喧嘩だ!」「どこが痴話喧嘩よ!」
一斉に怒鳴りつけられ、一瞬ひるんだ頭は、それでも態勢を立て直すとようやく本来の要求をつきつける。
「うるせぇ、痛い目を見たくなかったら刀ァ置いていきやがれ!」
頭のその声で、山賊達は改めて武器を構えなおす。
武器の鳴る音が二人を包んだ。

「さっきの決着はまた後でだな」
「そうね」
頷くナミに笑いかけると、ゾロは腰の刀を音もなく鞘から解き放つ。
「怖いんなら後ろに隠れてろよ」
そう言うゾロに、ナミは何言ってんの、と不敵な笑みを向ける。
「アンタの所為でむしゃくしゃしてんだから、私だって発散させてもらうわよ」
形のよい腿に伸ばしたナミのその手には、次の瞬間、棍が組み上げられている。
「足手まといになんじゃねぇぞ」
「バロックワークスの幹部だの、空島の神官だのと戦ってきたのよ。今更、田舎の山賊なんて」
瞳を輝かせるナミを見て、ゾロは人の悪い笑みを浮かべる。
「随分海賊らしいこと言うようになったじゃねぇか」
誇らしげにふふん、と鼻を鳴らすナミの背に、ゾロは刀を構えながら自分の背を合わせる。

じりじりと包囲の輪を狭めてくる山賊達。
負ける気は全くしない。ゾロは小さく笑む。
背には勝利の女神がいるのだから。

「いくぞ!」

その声を合図に、白刃が、棍が宙に舞った。

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