字書きさんに100のお題
*本館NOVEL【海軍】蒼の記憶のサイドストーリーにあたります*
頭に巻いたバンダナをカウンターに置くと、サンジはやかんを火にかけた。
左手を右肩に添えて、大きく息を吐きながら肩を回す。
散々いいように扱き使われている身体は、ゴキリと硬い音をたてた。
記憶をなくして転がり込んだ―いや、引きずり込まれた、か?―家の主は極上の笑顔でもって日々あれこれと仕事を言いつける。
本日の命令は、越してきた当時のままの箱だらけの部屋の片づけだった。
箱を下ろしたり上げたり、開けたり閉めたりを繰り返し、いい加減うんざりしたサンジは、少しは自分でも働け、と居候にあるまじき発言を残し部屋を出た。
だったらお茶でも淹れてきて、と追いかけてきた言葉に、何故逆らえぬのだろうかと首を傾げつつサンジはやかんに手をかけたのだった。
カップを用意して箱だらけの戦場に戻ってみれば、当の家主は適当な箱に腰掛けて優雅に煙草をふかしながら、偶々目についたらしい本を捲っている。
「おいっ!」
づかづかとヒナの元へ歩み寄るサンジは足元にあった小箱に気づくことなく、直後、勢いよく蹴飛ばされた箱はその中身を派手にぶちまけた。
「あ、悪ィ」
身を屈め、拾い上げようとしたその手が止まる。
「これって大佐?」
しゃがみ込んだまま、サンジが眺めていたのは一枚の写真だった。
今よりも随分若いヒナと、大柄な男の後姿がサンジの指の先にあった。
無理やりに振り向かせようとしていたのだろう。背を向けている男の頬に手をあてたヒナが悪戯っぽく笑っている。
ほんの僅か、カメラの方を向いた男の口元に二本の葉巻が見て取れたが、その表情までは分からなかった。
胸で生まれた靄がざわざわと蠢く。
写真が伝える気安い雰囲気は、何故かサンジを苛立たせた。
だが、サンジはその思いを黙殺し、別に湧いた疑問を口にした。
「・・・・・・・何か、どっかで見たことあるような気がすんだよな、この男」
気の所為か、と首を傾げるサンジの手元からヒナは内心慌てながらも、何事もなかったかのような笑顔で速やかに写真を回収した。
「で、アレってアンタの男?」
「さぁ?」
見上げた女は涼やかに笑い、屈みこむとサンジと目線を等しくする。
「気になるの? どうして?」
その瞳に吸い込まれそうになる。
見覚えのある、けれど知らない瞳。分かりきった、けれど思い出せない理由。
「・・・どうしてって・・・だって、俺は――」
その時、火にかけたままのやかんが盛大な悲鳴を上げた。
うわ言のような台詞はそこで途切れ、サンジはビクリと顔をあげた。
「茶ぁ、淹れてくる!」
何故かヒナの顔を見るのが気恥ずかしく、サンジは顔を合わせることなく部屋を駆け出していった。
何を言おうとしていた?―
火を止め、サンジはやかんの口から昇る湯気を呆然と見つめている。
白昼夢でも見たような感覚だった。けれど、自分が何を言おうとしていたのかは分かるような気がした。
その思いが言葉の形をとる前に、サンジは慌てたように何度も頭を振る。
とりあえず、茶を淹れよう。
冷めてしまう前に。
そうして一服して、片づけしまくって。覚えていたらその時また考えよう。
そんなことを思いながら、サンジはやかんに手を伸ばした。
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