字書きさんに100のお題
「えいが?」
小首を傾げると揺れる長い髪は、停泊して二日目の晴れ空と同じ色。
「そっか」
甲板に腰を下ろしていたサンジが立ち上がってポンポンと軽く尻をはたいた。
「こっちにゃ普通にあるもんだと思ってたけどそうでもないんだな。何つったらいいかな。写真で、動く紙芝居?」
よく飲み込めないらしいビビの顔を見てサンジはチラリと笑う。
「詳しいこたァ俺も分かんねェんだけどね。昔、映写技師って爺さんが店に来たことがあってさ。それで一度だけ見たんだ」
「どんなお話?」
「お忍びで街に出たお姫様と、しがない新聞記者が恋に落ちるって話」
素敵ね、とビビは興味深そうに瞳を輝かせる。
「詳しく知りたい?」
「えぇ」
じゃあ、と悪戯っぽく微笑むと、サンジはすいとビビの方へと手を伸ばした。
「デートしよう。映画みたいに。美味しいジェラートを食べさせてくれる店があるんだって」
「本当、美味しい!」
ほのかに潮の香のする風が通り抜けるテラス。繊細な透かし模様の入った白いテーブルと椅子。そして、大きくカットされたイチジクが散りばめられたジェラートを片手に、心底幸せそうな顔でスプーンを口に運ぶ少女。
本当に綺麗に食べる子だな。
そんなことを思いながらサンジは微笑んでビビを見つめる。
食事という行為にはモロにそいつの育ちが出る。
数え切れない程多くの食事風景を見てきたサンジにはそのことがよく分かっていた。
やたらと高そうな服を着込んだオッサンが犬みたいにがっついていたり、逆に―― とサンジはビビをじっと見つめた。そして心の中で溜息を一つ。
正真正銘のお姫様なんだなぁ。
「どうしたの? ぼんやりして」
ごめんごめん、と笑ってサンジはビビの正面に身を乗り出した。
「君に見とれてた。あんまり可愛いから」
「もう、そんなことばっかり言って!」
あら?信じてくれない、とサンジはおどけて身を引いた。
この辺が俺の限界だな。
いつか手離さねばならないと分かっているものに正面きってぶつかるほど愚かにも剛胆にもなれない。
それで、とジェラートを食べ終わったビビは居住まいを正した。
「最後にその二人はどうなったの?」
「結局、二人は・・・・・・・」
「うんうん」
サンジはキラキラと輝く瞳をじっと見つめ、それから肩を竦める。
「・・・・実は・・・・・・・・忘れちまった」
「ええっ!? 酷いサンジさん! 一番大事なトコなのにっ! ナミさん知ってるかしら!? あぁん、気になってきっと今夜眠れない!!」
「お、そいつァ願ったり叶ったり。ならビビちゃんが寝付くまでこの僕が添い寝を」
軽口を叩くサンジを、ビビは片方の頬を膨らませながら可愛らしく睨みつける。サンジは誤魔化すように乾いた笑い声をあげて視線を空へと逃がした。
結末を、本当は覚えてる。
言いたくなくて忘れた振りをしただけ。
それはほんのささやかな抵抗。
新聞記者でさえ王女と結ばれないんだ。海賊なんていったらもっとずっと遠いだろう?
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