字書きさんに100のお題


  29.炎 <エース+ナミ> Date:  

ルフィの兄だという突然の侵入者は、一通り用件を話し終えると、クルーの一人一人に興味深げな視線を走らせた。その視線がふとナミのところで止まる。見返すナミとエースの視線がぶつかり、エースは意味ありげな笑みを浮かべた。
「ちょいと休ませて貰うぜ」
そう言って背を向けしなに、エースはナミにだけ知れるように、右の人差し指をくいくいと曲げてみせた。

何でついて行ったんだろう。
そんな疑問をナミが抱いたのは、薄暗い倉庫の扉を自らの手で閉め、目の前にある裸の背を見つめた頃だった。
扉を閉めてしまえば、倉庫の内部は益々暗くなる。ほんの僅かな隙間から漏れる光が二人の足元を照らした。
「他所の海賊に船内を案内してやる義理はないわよ」
強気な口調で投げられた台詞にエースは振り向く。暗い所為でその表情は分からなかったが、空気の揺れ加減でエースが笑ったらしいことは分かった。
「他所の船にゃ興味はねェさ」
じゃあ、と言いさしたナミを制するように、エースは一歩足を進めた。
「他所の船に興味はねェ・・・・けど弟の女にゃ興味はあるな」
エースを見つめるナミの表情は一見変わらない。だが、その瞳は探るようにエースの瞳を覗いた。
「どうしてそう思うの?」
エースはニヤと片頬を歪めた。
「昔からルフィのヤツとは女の趣味が一緒なんでね」
そうだ、とそこでナミは当たり前のことに気づいた。三つ違いで、三年前に海に出たのだとルフィは言っていた。とすれば、恐らくは十四年この男はルフィを見てきたことになる。
自分の知らないルフィを知る者。
そう思えば途端に興味は増す。そんなナミの思いを見透かしたか、エースは人懐こい笑みを浮かべてナミに近寄る。
「昔の、面白ェ話してやろうか?」
内緒話をするように近づいてきた人懐こい笑みに、ナミがふと警戒をといた次の瞬間だった。
ルフィよりも筋肉質の腕がナミを絡め、引き寄せる。声を上げる間すら与えず、エースはナミの唇を奪った。
「!!!?」
ナミの見開いた目にエースの瞳が映る。及んだ行為の唐突さとは大分隔たりのある冷静さがそこにはあった。
なるほどね。
ナミは身体の緊張を解き、大人しく目を閉じた。
値踏みされてるって訳か。
だとすれば、こっちもお返しをするまでだ、とナミは自ら唇を開き、エースを誘う。くっとエースは短く喉を鳴らし、それを合図にするようにナミの唇の隙間に自らの舌を侵入させた。
ナミの右手がエースの頭に伸びる。自分と同じ色をしたテンガロンを後ろに払えば、思いのほか勢いづいて落下した所為で帽子の紐についた飾りがエースの喉を直撃し、エースはぐぇっとくもぐった声を上げた。
その様子が何とも可笑しく、口づけの途中でナミは目を開け、思わず吹きだす。笑われた方のエースは、気に障った風もなく、つられたように低く笑いながらもナミの唇を何度も求めた。
ああ、とナミは思う。こういう鷹揚さはルフィによく似ている、と。
やがて笑いが収まると、互いの唇に熱がこもる。テンガロンの下から現れた黒髪にナミは片手を埋め、目を閉じる。
同じ海の男だけあって、髪質はよく似ている。それに唇の感触も。
そんなことを考え、ナミは吐息を零した。エースの舌先がナミの歯列をちろちろと舐め、更にその奥に潜り込もうとしている。
ルフィの口づけよりは情熱に欠け、技巧に勝るとナミは判じた。その動きは、放ったばかりの炎が獲物を舐めながら大きくなろうとしているのに似ている。
そう言えば、この男は炎そのものであったとナミは頭の片隅で思いながら、ナミは手を滑らせ、エースの首筋から肩を手のひらで探った。少年の繊細さを残すルフィの体躯に比べると、エースはその肩も腕も太い。後、二、三年もすればルフィもこんな感じになるのだろうか。
「比べたな?」
今にも触れそうな位置に唇を留め、エースは密やかに笑った。それを受けてナミもまた微笑む。
「それはお互い様でしょう?」
すうと目を細め、ナミは挑むような視線をエースに向ける。
「それで、兄上のお眼鏡には適ったのかしら?」
「適ったもなにも――」
エースは自分の腕に触れていたナミの手首を掴み上げ、軽々と扉に押し付けた。
「アイツには勿体ねェな」
眼光に鋭さが増す。エースはナミの耳元に唇を寄せる。
「俺が、欲しくなっちまった」
耳にかかる息が熱い。耳朶を噛まれ、ナミはその背をビクリと波立たせた。エースはそのままナミの首筋に顔を埋める。
舌をあてがわれた箇所がちりちりと焼け付く。その熱はナミの理性を溶かしながら身体の奥深くの情欲を容赦なく煽っていく。
「・・・・っ、ん」
思わず漏れた自身の声にナミは慄然とする。
これは自分が予想した以上に怖い男だ。遠くで仄かに揺れている。そう思って眺めていた炎が気づかぬうちにこの身を包もうとしている。
なァ、とエースは笑い含みで低く囁く。
「責任取ってくれよ。アンタの所為で勃っちまァ」
そんな明け透けな台詞が不思議と下卑た印象を与えない。むしろ流されてしまいそうな自分にナミは眩暈がした。そんなところまで似てなくてもいいのに。
「・・・・て、言ったらどうする?」
不意にエースはナミから手を引いた。煽るだけ煽っておいて突き放す。気まぐれにも程がある。あの弟にしてこの兄ありなのだが、正直なところ助かったという思いがナミにはあった。ただの好奇心では済まされない境界に自分があることをナミは自覚していた。
「どうすると思う?」
せめてこれくらいの強がりは、とナミは言い残し、扉を開けた。
「萎えちまう前に戻って来いよ!」
投げつけられるのは軽い口調。嘘か本気かはまるで分からない。本当に嫌になるくらい似ている。

照りつける太陽が容赦なく目を焼く。明暗の余りの落差にナミは目を眇めた。
アラバスタの風は熱い。ついさっきまでは呼吸すら辛いと思っていた熱風に身を晒したにも関わらず、寒気すら感じ、ナミはその身を抱いた。
「どうした?」
振り返るナミの目に、水樽の上で片膝を抱えているルフィの姿が映った。
とんとそこから飛び降りると、口元にほんの僅かな笑みを乗せてルフィはじっとナミを見つめる。どうしたと尋ねたくせに、その瞳はナミに起きた何もかもを承知しているようにも思えた。
ルフィが近づいてくる。ナミは一つ息を吐いて、身体の緊張を弛めた。
「アンタの兄貴に口説かれたわよ」
横を通り過ぎたルフィの背に向けてナミは答えた。ナミの視線の先でルフィの肩が小刻みに震えている。
抑えた笑い声が途切れ、振り返ったルフィの顔は笑ってはいなかった。
「行ってこいよ」
ナミの顔から表情が消えた。
「自慢してェんだ。お前のこと」
まるでお気に入りの玩具を貸そうとする子供のような顔でルフィが笑うので、ナミもまたつられて口元を綻ばせる。
「仕方ないわね」
ナミは身を翻す。ルフィの視線を背に感じながらナミは扉に手をかける。
その向こうに待つ紅蓮の炎を予感し、ナミはほんの少し身を震わせた。

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