字書きさんに100のお題


  30.命 <ゾロナミ> Date:  

人間は、何て脆いんだろうね。

その言葉を聞いたのは、もう何年前か。その重みを今、再び噛み締めている。
ナミが倒れ、ただ日にちだけが虚しく過ぎていく。
苦しげに息を吐くナミをゾロは沈痛な面持ちで、ただじっと見下ろしていた。
どうすれば治るのか、何をしてやればいいのか。医者でもない自分には毛ほども分からない。

楽にしてやれる方法など、一つしか知らない。

瞑ったままのナミの瞼が何度も歪む。悪い夢でも見ているのか、口元が悲しげに動く。やがて、一つ大きく息を吐くと、その瞼がゆっくりと震えながら開いた。
「・・・・・吃驚、した」
乾いた声。傍らに立つゾロに気づくと、ナミはほんの僅か目元を和らげた。
ゾロは黙ったまま表情を消してナミを見つめる。熱を帯びた息遣いだけが、二人の間に流れた。
「・・・・まだ、やれるか?」
病人の枕元でよりは、戦場で聞くのに相応しい口調でゾロは尋ねる。
ナミの目がゾロを射るように見つめる。
「誰に、向かって・・・・・そんなクチ、叩いてん・・・のよ。アンタ」
「分かった」
重々しく頷いたゾロは、それでもどこか安堵した表情を浮かべていた。瞳の奥にはまだ光がある。
ただね、とナミは苦しい息の中、困ったような表情を作った。
「あんまり・・・・やつれたトコ、アンタに見られたくはないなァ・・・・なんて・・・」
ゾロは口元に静かな笑みを乗せる。間もなく、すうと表情を改め、真顔で口を開いた。
「どんなんなってもイイ女だよ、てめェは」
ナミの息が一瞬止まった。眩しげにしていた目が、いつものように大きく開いた。
「たまには・・・・病気も、してみるもの、ね」
苦しみを隠し、一二度息を整えてから、ナミは掠れた声で笑った。
「アンタの・・・口から、そんな、台詞が聞けるなんて、ね」
からかうようなその言い草が、ゾロには酷く懐かしく思えた。
「下らねェこと言ってねェで、病人はとっとと寝やがれ」
いささか乱暴な仕草で、ゾロはナミの目を手のひらで覆う。尋常ではない熱と、汗を手のひらに感じた。
ナミの目を塞ぎ、ゾロもまた目を閉じる。祈りにも似た表情で、だが、祈りを捧げる対象を持たないゾロは己に誓う。
人間は確かに脆い。けれど、この女が足掻くというのなら、最後の最後まで付き合ってやる、と。

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