字書きさんに100のお題


  35.希望 <麦わら海賊団> Date:  

戦況は膠着状態にあった。
喧嘩をふっかけてきたのは海賊だった。頭を先頭に、数えるのも嫌になる程の敵が、戦闘態勢をとるクルーの前に立ちふさがっている。
麦わら海賊団にあっては、多勢に無勢はいつものこと。だが、今回はクルーの一人が相手の手に落ちていた。
「そんなに、この女の命が惜しいか?」
嘲るように笑った男の手の内で、オレンジの髪が暴れる。男はさも楽しそうに、暫くの間、そのささやかな抵抗を続けさせた。
ルフィはギリと口を引き結び、ただ強い眼差しで相手を射る。怒鳴り声をあげたのはサンジだった。
「ナミさんに傷一つつけてみやがれ!! 俺が千倍にして地獄に叩き落としてやらァ!!!」
「出来ぬことは口にせんことだ、若いの」
「くっ!!」
男は喉の奥でくっと笑い、ナミの首筋に右手をあてがう。その手にはナイフが握られていた。ナミの白い喉に薄刃がぴたりと吸い付く。ほんの少し刃先を立て、ほんの少しの力で引けば、手元の命は露と消える。
サンジが言葉を飲み込み、忌々しげに男を睨みつける。その様を見て、目を細めると男は改めてルフィに向き直った。
「一億の首とは思えん甘い男だな、麦わらよ」
是も非もなく、ルフィはただ男を見据えている。
「たかが航海士の一人や二人、切捨てられんようでは先が知れるぞ。まぁ、こちらにとってはありがたい事だが」
「たかが、だと?」
怒りを抑えるかのように低く響く口調とは裏腹に、ルフィは一旦引き結んだ口元に不敵な笑みを浮かべた。
「お前んとこの航海士は、空と話が出来るか?」
「何だと?」
「天に向かって舵をとれるか?」
「・・・・意味が分からねェ」
「そこに居るのはそれが出来る女だ」
ある時は予測不能な天候の変化を言い当て、またある時は、空にすら船を向かわせた。

俺はな、とルフィは誇らしげな顔を男に向ける。
「この女が進む先を心配したことは一度だってねェ」

天であれ、地の底であれ、そこが海であるならば、行く手に何があろうとも、ナミは必ず船を導く。
その指先には絶望はなく、常に希望だけがある。
海と空にの両方に愛されている、それがナミという女だ。

「だから、どうした」
男は口元を歪める。
「つまりはこの女が大事だということだろう。」
「そえなんだよなー。だから困ってんだよ」
ルフィがそう暢気に結論づけた直後、タンと地を打つ音が響いた。
「ルフィ!!」
天候棒を地に打ちつけたナミがルフィを睨みつけていた。
「さっきからどうでもいいことをごちゃごちゃと!」
ナミは苛立たしげに、トントンと天候棒を地に打ちつける。
「御託はいいから早く助けなさいよ!!」
「・・・・ナミ?」
目を丸くしたルフィを見て、男は可笑しそうに声をあげて笑った。
「大分、この女に入れ込んでるみたいだが、どうやら貴様の一人相撲らしいな」
忙しなく地を打ちつけながら、ナミはちらと空に目をやる。
「いつまでもグズグズしてたら、後で雷落としてやるんだからね!!」
厳しい口調で、けれどナミは最後に皆に向かって小さくウインクをしてみせる。ほんの僅か、眉を顰めた後、ロビンは天候棒とその上空に視線を走らせ、ちらりと笑みを零した。
「麗しい仲間愛もあっけないものだな」
「そうかもね。でも、もっとあっけないものを知ってるわ」
「なに?」
男がナミに怪訝そうな顔を向けた瞬間、ロビンがそっと目を閉じる。男の腕から生えたロビンの手がナイフを持つ手首を押さえ込む。
その隙を縫って、ナミは敵集団の前へと転がり出た。ピストル、ナイフ、刀。おびただしい数の武器が一斉に動こうとしたその時、ナミは天候棒を高く掲げる。その示す先には敵の頭上を覆う黒々とした雲があった。
目の眩むような稲光。
耳をつんざく大音響。
それが止んだ時、その場に立っていたのは麦わらのクルーだけだった。

しゃがんで耳を塞いでいたナミが立ち上がり「ね?」と可愛らしく首を傾げた。
「あっけなかったでしょう?」
感電し、痺れたまま倒れ伏す敵に、答えるものはなかった。
「さて!!」
くるりと振り返ると、ナミはクルーに笑顔を見せた。
「どうせだから、金目のものは全部頂いていくわよ! か弱い私を盾にしてくれたんだから、慰謝料もらってかなきゃ!!」
何か言いたげなクルーを急かすと、ナミは天に手のひらを翳す。
「それが済んだらとっとと出発よ! ほら、こんなにいい風!!」

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