40.泣き笑い <ゾロナミ> | Date: |
双眼鏡のレンズ越しに映るのは、巡回を続ける三隻の海軍船。
いずれ時間が経てばその数が増えるのは間違いない。
湾の奥、島を貫く洞窟に隠れたGM号の甲板の上で、ナミは双眼鏡を外し、忌々しそうに外海を睨んだ。
ゾロがまだ戻らない。
陸からの追撃を食い止めるために一人残ったきりだった。
ついさっきまであれだけ聞こえていた銃撃、砲撃の音がピタリと止んだ。
ゾロが全てを討ち取ったのか、或いは――――
不吉な思いを落とすようにナミは強く頭を振る。厳しい表情のまま、空を見上げ、一拍を置いてルフィを呼んだ。
「今からおおよそ十分後、大きな風が来る。それを逃したらあいつ等を――」
そう言ってナミは前方で待ち受ける海軍戦を指した。
「振り切ることは、もうできない」
海上を指していた腕を組み、ナミは真直ぐにルフィの目を見つめた。
残された時間は十分。行くか、留まるか。
「決断を。船長」
ナミの言葉にルフィの黒目が僅かに縮んだように見えた。それはほんの一瞬の間だったが。
「十分したら出航する。合図は任せたぞ、航海士」
ナミは息と共に苦しい思いを飲み込み、ただ一言、了解、と告げた。
頷き、そのまま俯いたナミの髪を、ルフィはくしゃりと撫ぜた。
「大丈夫だ」
そう言って最後尾へと駆けていく背を見送り、ナミは両手で頬を叩き、しゃんと背筋を伸ばした。
「チョッパー、帆を下ろす準備して!! サンジ君は舵の方、お願い!!」
やがて、洞窟の後方より抜けてきた風がナミの髪を乱した。
もう、時間だ。
ナミはきつく目を瞑る。出航の合図を出さなくてはならない。自分は航海士なのだから。
風が来る。
重い塊を飲み込んだように痛む喉に、ナミは無理矢理に空気を送り込む。
「今よっ! 船を出して!!」
瞳が震えるのを意志の力で抑え、ナミは叫んだ。
滑り出した船体は、すぐにスピードを上げる。ナミは振り返ることができなかった。ただ前だけを見ていた。
「ゾォロォォーーーッ!!!」
最後尾で叫ぶルフィの声に、ナミは弾かれたように振り返り、目を見張った。
陸に向け、思い切り伸ばされたルフィの腕。それがみるみるうちに元の長さに縮まっていき、その手に掴まるゾロの姿が近づいてくる。
ルフィはまるで一本釣りのようにゾロを引き上げた。反動でルフィを飛び越し、片膝をついてゾロは甲板に降り立つ。
細かい傷と埃まみれのゾロは、大儀そうに立ち上がると、大きく息を吐きながら頭に巻いた黒手ぬぐいを外した。
ルフィは追い越しざまに、ニヤリと笑ってゾロの背を叩く。
「もう一戦あんだ。程ほどにして来いよ」
からかう様にそう声をかけ、ルフィはそのまま船首へと駆けていった。
二人きりにされると、ゾロは少し困ったような顔を見せ、ナミの方へと足を進めた。
遅い、と怒鳴りつけようか、それとも、どこで迷ってたのか、とからかおうか。そんな考えはすぐに溶けて消えた。
ゾロはそんなナミの頭を手のひらで包むと、埃だらけの肩に抱き寄せた。
「・・・・・泣くなよ」
「・・・・・泣いてなんか、ない」
震える声と震える肩。ゾロはナミを引き寄せる手に一層力を込めた。
「あんまり心配さすんじゃないわよ・・・馬鹿」
それは本当に微かな呟きだった。
「何とか言ったら?」
何と言ったものか。ゾロは眉根を寄せては戻し、そしてようやく口を開いた。
「・・・・・・ただいま」
真剣な表情そのもので、なのに口にした言葉は余りにも暢気なものだったので。
ナミの肩の震えが一瞬止まり、それからまた震えだした。
やがて、クスクスと笑う声。
ナミは涙で濡れた笑顔をゾロに向けた。
「おかえり」request
Z to N. words:ただいま by 匿名様