字書きさんに100のお題
「まだ在ったのね、ここ」
城の地下、かつての牢の名残という冷たい石造りの部屋に足を踏み入れたときのビビの口調は、どこか懐かしさを感じさせるものだった。
手にした灯りに照らされたその頬が、ふと弛む。
「何だか小さくなったみたい。この部屋」
ビビの言葉に、前に立っていたコーザは振り向いて苦笑を浮かべた。
「俺らがでかくなったんだろう?」
あれから随分経つからな、とコーザはすっかり近くなった天井を見上げた。
子供の頃は天井が遠くて、そこに凝る闇が今にも膨らんで襲ってきそうで、それは恐ろしく感じた。
内心の恐れを顔に出さないように必死だったのを今も覚えている。
この部屋に半日以上もビビと二人で閉じ込められたのは、もう十年以上も前のことだった。
"探検"と称して、調理場からくすねてきた食べ物を背負って城の地下へと潜り込み、行き着いたのがこの部屋だった。
内側からは開かぬ仕掛けの扉とは知らず、閉めてしまったが最後、押せども引けども叩けど叫べど、どうにもならなくなってしまった。
二人の姿がないことに、王とイガラムを筆頭に城中が上を下への大騒ぎだった。
最終的に、訓練で遠方へと出かけていたチャカをペルが連れ帰り、ジャッカルの嗅覚で二人を捜し当てることに成功したのだった。
以来、暗いところは何となく苦手なのだ。
「今でも暗いところは苦手?」
コーザの胸のうちを読んだかのように、そう言ってビビは笑った。
軽やかなその声が殺風景な部屋に満ちたその時だった。
突然の突風がビビの手元から灯りを、そして扉に噛ませていた棒を吹き飛ばした。
「え?」
「あ?」
驚き、目を見開く二人の前で、扉は無情にもあっさりと出口を封じた。
暫しの沈黙の後、真っ暗な部屋の中で二人は呆然と顔を見合わせる。
「俺達、もしかして」
力なく呟いたコーザの後をビビが続けた。
「全然成長してない?」
大きな溜息が二つ、密室の中に虚しく響いた。
「参った」
その場にへたり込み、コーザは頭を抱える。
「大丈夫よ」
隣にすとんと腰を下ろし、ビビはその顔を覗き込んで笑顔を見せた。
「今日はペルもチャカもお城にいるし、それにじきに皆も来るでしょ」
皆、とはかつての砂砂団のメンバーだ。各地に散って活動をしているメンバーは定期的に城に集まり、会合を持つ。それが今日だった。それで、何とはなしの昔話をしているうちに、この場所を思い出して今に至るという訳だった。
「そりゃそうだが」
渋面のコーザはもう一度溜息をついた。
時の流れと元に、段々と目は闇に慣れてきた。
しゃがんだままコーザは天井を見上げる。そこには子供の頃の瞳に映ったのと同じ闇の塊があった。
何かが飛び出してきそうな、或いは何かに引き込まれてしまいそうな。
負い目を抱える心が見せる、それは幻影なのだろうか。
「こうしてると子供の頃に戻ったみたいね」
ビビが口を開く。コーザは闇から意図的に目を離した。
「あの時、私に『平気だ。怖くない』って言いながらずっと目を閉じてたわよね、リーダー」
「・・・・・忘れてくれ。そんなこと」
コーザは照れたような、困ったような笑みをチラリと見せて顔を伏せた。
「二人して怖くて手をつないだまま寝ちゃって。見つけてもらっても互いに手を離さなかったから、チャカとペルに一緒に運んでもらって」
クスクスと笑う声に、コーザが肩の力を抜いたその時だった。
先程と同じ、強い風が頑丈な扉をガタリと鳴らした。
瞬間、コーザは弾かれたように顔を上げ、ビビの腕を強く引いた。小さな悲鳴を上げ、ビビはコーザの胸に倒れこむ。
「・・・コーザ?」
ビビの囁きの他には、もう何の音もしない。
きつく抱きしめられたまま、ぎこちない動きでビビはコーザを見上げる。
「・・・・・ただの、風よ」
ビビの言葉も耳に入らないのか、唇を噛み締め、目をきつく瞑ったまま、それでもコーザは胸にビビを庇い続けている。
その顔は少年の頃と全く変わっていない。
ビビはそろりと身を捩ると、床に膝をついて立ち上がる。
自分よりも大きくて、力もある男をどうしてこんなに可愛いと思えるんだろう。
ビビはコーザの頭を両手で包み、そっと抱き寄せた。
「大丈夫。・・・・大丈夫だから」
その言葉と共に、強張っていた体から緊張が溶け出していくのが分かった。
「また、ここに?」
そんな声と共に突然扉が開けられ、その瞬間、扉の手前と向こう双方の動きが止まった。
ぴたりと体を寄せ合う二人と、扉に手をかけたままポカンとその二人を見つめるメンバー達。
なぁんだ、と暢気な声を出したのはオカメだった。
「一生懸命探したこっちが馬鹿みたい。じゃ、お邪魔様」
そう言って扉を閉じようとする。
「ちょ、ちょっと待って!!」
「ちょ、ちょっと待て!!」
大慌てで手を伸ばす二人の前で、もう一度扉が開く。
からかう笑みを浮かべるメンバーの前で、ビビとコーザは一斉に頬を赤らめた。
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