字書きさんに100のお題
一月ぶりの陸地でとった宿は、昼夜問わず賑やかな繁華街のど真ん中にあった。
夕食後、ロビンは宿のロビーで小一時間程、雑誌を読んでいた。娯楽誌の中に一冊だけ紛れ込んでいた科学雑誌。グランドラインの天候や海流について、なかなか興味深い記事がいくつも載せられていた。
ロビンが部屋に戻ってみるとナミの姿がない。折角、先の雑誌を借りてきたのだが。
隣の男部屋にでも居るのだろうか。軽くノックをしてみると「んあ?」というだるそうな声が聞こえてきた。
ドアを開ければ、真正面に見えるソファーの真ん中にどっかとルフィが腰を下ろし、苦しそうな表情で天を仰いでいた。
部屋に居たのはルフィだけで、他には誰も居なかった
ルフィは腹を擦りながら大きく息を吐く。
宿の食材を全て腹に納める勢いで食べてきたのだ。それは苦しいに違いない。階下では宿の料理人が倒れていた。こっちは極度の疲労で。
「船長さん一人?」
「ああ」
ロビンは手に持った雑誌を一瞥して小首を傾げる。艶やかな黒髪がさらりと揺れた。
「座っても?」
「構わねェよ」
ソファのところまで歩み寄ると、ロビンは隣には座らずにルフィの足元の床に腰を下ろした。
ルフィの脛に肩を預け、そうして何を言うわけでもなくロビンは手にした雑誌を捲りだした。
ルフィは、ロビンのつむじをぼんやりと見ながら口を開いた。
「最近、随分懐こいな」
気づくと、こんな風にロビンが無防備な姿を見せることがある。自分の他に誰も居ない時に限ってだが。
だって、とロビンは雑誌に視線を落としたまま答える。
「もうアナタに隠すものなんて何もないもの」
長い間気づかない振りをしてきた思い。共に行きたい、生きたいと乞い願い叫んだあの日から。
見上げてくる黒い瞳を見つめ、ルフィは彼にしては珍しい低い声で笑った。
「可愛い女だな、お前」
唐突に発せられたその言葉に、ロビンは細い首をつうと伸ばしてルフィを見上げる。
「そうみたいね。私も最近気づいたわ」
表情は穏やかなまま変わらないが、どこか、はにかんでいる様にルフィには感じられた。
ルフィは僅かに笑んだまま、ロビンへの頬へと手を伸ばす。
乾いた手のひらが、きめの細かな肌を撫ぜて顎へと向かう。
細い顎を手のひらに乗せ、ルフィはまじまじとロビンを見つめる。
過去のことも、未来のことでさえ知らないものはないと思わせる程のこの女は、自分のことは案外と分かっていない。その事実が何だかとても可笑しかった。
「そんなこたァ、お前。お前が俺ンとこに来た時から分かってたぞ」
ニヤと笑うルフィを見上げたままロビンは瞬間、目を丸くし、それから穏やかな表情でルフィの手のひらに身体の重みを預けた。
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