字書きさんに100のお題
「勿論、ビキニだろ!?」
当然といった顔を向けたジャンゴに、フルボディはやれやれ、と大仰な身振りをつけて肩を竦めてみせた。
「露出が多けりゃいいって言うもんじゃないぜ、ブラザー。ああいう完成された美しさに相応しいのはワンピースだぜ?」
空は快晴。
貸切のプールの水はどこまでも透明で、時折気まぐれに日の光を弾いている。
プールサイドにずらりと並ぶ海兵の中には、浮き輪にシュノーケル持参などという輩もいて、バカンスムードすら漂わせているが、今回はれっきとした軍務でやって来ている。
ここはキューカ島。
「ビキニだ!!!」
「ワンピースっ!!!」
いかにも平和でリラックスした空気の中でジャンゴとフルボディは睨み合いを続けている。
今にも掴み合いが始まりそうなその時、ざわめきと共に海兵の列が二つに分かれた。
「場所柄、浮かれる気持ちも分かるけど、遊びに来ている訳ではないのよ。アナタ達!!」
現れたのは支部のトップ。
美貌の女大佐。黒檻のヒナ、その人であった。
この島の暑さに合わせてか、いつものかっちりとしたパンツスーツではない。
色こそはいつもと同じ黒だったが、柔らかな素材のパンツが長い脚を包み、その裾を風に揺らしている。
そして、何より上着はというと、臍の辺りまでの大胆な切れ込みに、豊かな胸のラインが惜しげもなく露わになっている。
はっきり言って、その辺の水着姿の女性より遥かに色っぽい。
思わず砕けそうになる腰を叱咤し、ジャンゴとフルボディはずい、と前に進み出た。
「ヒナ嬢、お騒がせしました!」
「騒ぎの原因を聞いて下サイ」
「・・・・なぜ騒いでたの?」
小さく溜息をつきながらも尋ねてあげたヒナの前で、二人は声を揃えて返答する。
『水着を選んでました。アナタの為に!!』
そう言って二人は、各自選んだ水着をひらりぴらりと摘んで差し出して見せた。
「アナタ達ね・・・・・」
溜息で眉間を押さえたヒナの前で、二人はビキニだ、ワンピースだとまたしても揉めだした。
「よーし、こうなりゃ多数決だ!」
ぐるりと海兵達に向き直り、二人は声を張り上げる。
「お前ら! ビキニ派の奴はこっち、ワンピース派の奴はそっちに別れやがれ!!」
ジャンゴとフルボディを筆頭に、分かれた数は見た目半々。
正確に数を数えようかとした矢先、いつの間にやらデッキチェアで寛いでいたヒナがそれぞれに向けて声をかけた。
「じゃあ、こうしましょうか。どちらか先に今回のお尋ね者達を捕らえてきた方の意見に従うわ。ヒナ決定」
その言葉に海兵達の目の色が変わった。
「行くぞ! テメェらっ!!」
「負けたら承知しねェぞっ!!」
鬼気迫る表情で、鬨の声と共に飛び出していく海兵達。
ようやく静けさを取り戻したプールサイドで、ヒナは肩を竦めながらドリンクを一口含み、片手で三枚の人相書きを広げた。
「全くどこでも騒がしい連中じゃの」
苦々しい声に振り向けば、昔から馴染みの軍医がそこにいた。
顎に白髭を生やした痩躯の老爺だが、いつもの白衣をアロハシャツに変え、サングラスをかけている。
片手にはピナコラーダ。
苦言を呈しつつも、誰よりもバカンス気分濃厚なのはこの人のようだった。
「いいのよ」
くすくすと笑いながら、ヒナは人相書きをテーブルに飛ばす。
「ゲーム性とご褒美があった方が意外にはかどるものよ、仕事って」
ヒナの言葉に、老軍医はくっく、と可笑しそうに喉を鳴らした。
「それは嬢の経験上か?」
「仕事は楽しくなきゃ」
そうしてヒナは身を起こすと、するりと上着を脱ぐ。
背後で思わずピナコラーダを噴き出した老軍医に構わず、ヒナは立ち上がる。
「もっとも」
言いながら床にパンツを落とす。
「一泳ぎしたら私が出るから、あのコ達にははなから勝ち目なんかないのだけれど」
一糸纏わぬ姿で、ヒナは楽しげに笑う。
その後ろで、老軍医はアロハで顔を拭い、困り顔で視線を反らした。
「年寄りをショック死させるおつもりか、嬢よ」
「冥土の土産、よ」
憎まれ口を返して、ヒナは水辺に腰をかける。
それから振り向くと、
「言ったでしょう? 仕事は楽しくって」
にっこりと微笑むヒナは、ベビーピンクのフロートに優雅にその肢体を横たえ、気持ちよさ気に伸びをした。
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