字書きさんに100のお題


  47.左利き <ルフィ+シャンクス> Date:  

窓から中を覗く。マキノの店には誰もいなかった。買い物にでも出かけたのか、マキノの姿もない。
陽気な歌声とがなり声、そして笑い声。赤髪の船が港にいる間には毎日のように見かける光景。だが今は船は港にあれど、あるべきその光景はない。火の消えたような店内をぐるりと見回し、ルフィは小さく息を吐いた。
夢ならよかったのに。
気づけば、何度も同じことを考えている。
シャンクスが左腕を失って五日が過ぎた。

「ここに居たか」
背後から聞こえた低い声にルフィは振り返る。太陽を背負ったベンをルフィは目を眇めて見上げた。
「来い。頭が呼んでる」
「シャンクスが? 俺を?」
ベンは黙ったまま頷く。逆光の所為で、見上げたその顔にどんな表情が乗っているのかは分からなかった。
ルフィは黙ってベンの後をついていった。ベンとルフィではストライドが違う。振り返らないベンを時折小走りで追いかけ、ルフィは、シャンクスがいつも自分に合わせて歩いてくれていたことを知った。
通いなれた海までの道。
シャンクスが船にこもってからもルフィは毎日その道を通った。それまでは、まるで自分の家のように自由に出入りしていた船に、どうしてもルフィは触れることが出来なかった。シャンクスの容態は心配だったが、それを尋ねるのが怖かった。いくら気のいいクルー達でも、頭を傷つけた自分を許さないかも知れない。
世の中には、取り返しのつかないことがあるということを、その時ルフィは実感した。

ベンの後を追って縄梯子を上る。いつも賑やかな甲板にもクルーの姿はなかった。
ドンとノックともつかぬ音を一つたて、ベンは扉を開けた。
「連れてきたぜ」
中からおう、と声が聞こえた。ベンはルフィの背に手をあてると押し込むように部屋に入れ、自分は部屋に入ることなく扉を閉めた。

「元気だったか?」
俯いたままのルフィにシャンクスがそう声をかける。
怪我人が言う台詞ではない。飄々とした、からかうような口調。声の調子はいつものシャンクスと変わらなかった。
その声に、ルフィが顔を上げた。
部屋の片隅に設けられたベッドの上で、シャンクスは半身を起こしていた。
変わらぬ笑顔と、裸の上半身に巻きつけられた包帯、幾重にも巻かれた包帯は左の二の腕で止まっている。そこでルフィは視線をそらし、俯いた。
「・・・・・腕、痛いか?」
「大したこたァない」
それより、と言った後、空気が揺れる。シャンクスが笑ったようだった。
「こっちこいよ。ルフィ」
ルフィは自分の足の先を見つめながら歩いた。そうして、ベッドの枠が視界に入ったところで足を止めた。
俯いたままのルフィの頭にシャンクスは残った唯一の手のひらを乗せ、かしゃかしゃと乱暴に掻きまわした。その手のひらが余りにも温かくて、きつく瞑っていたはずのルフィの目からほろほろと涙が零れた。
「ゴメン・・・・シャンクス・・・・本当に、ゴメン」
「言ったろうが。大したことねェって。海賊やってりゃこんなこたァよくある話だ」
ちょっと小便がしづらくなっただけだと言ってシャンクスは豪快に笑った。
「いいか、ルフィ。よく聞け」
頭を撫ぜる手を止め、シャンクスは静かに語りかけた。
「俺に悪いと思ってるなら、一つ約束しろ」
「・・・約束?」
そうだ、とシャンクスは頷く。
「お前が本気で海賊やろうってんなら、この先、お前の為に失われるものが山と出てくる。誰が何を失くそうとも、お前は絶対にそこから目を背けちゃならねェ。起きたことを誤魔化すな。ありのままその目に焼き付けて生きていけ」
そう言ってシャンクスは、ルフィの頭から顎へと手を動かすと、ぐいとその顔を上向け、真正面に向き合った。
「だから、これはその予行演習だ」
ルフィは手の甲で二度三度と目を擦り、何とか涙を拭き取ると、じっとシャンクスの姿を見据えた。
自分を助けるために利き腕を差し出した男の姿を、ルフィはまるで睨むように見つめ続けた。
「そうだ。それでいい」
満足気に笑い、シャンクスは思い出したように付け加えた。
「ついでにもう一個約束してけ。早くでかい海賊になって俺と戦え。俺が勝ったらお前の利き腕をもらう。それまでコイツはお前に貸しだ」
そう言ってシャンクスは失われた利き腕に目をやった。
「けどよ、シャンクス」
ルフィが小首を傾げながら口を開く。
「俺、右利きなんだけど。いいのか?」
ルフィの一言に、シャンクスはポカンとして瞳を瞬かせた。
「そっか・・・・そいつはちぃとばかし困ったな」
「いいさ。俺は負けねェから!!」
吹っ切れたような晴れやかな笑みをルフィは見せる。
「言うじゃねェか。さっきまでベソかいてたガキが」
シャンクスもまた笑いながら小さな額を中指で弾いた。

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